執筆・講演

日本医科大学(基礎臨床実習コース)講演
2008年2月4日

私の考える「日本の医療制度の問題点」
 今日のわが国では、医療高度先進医療をはじめ、医療の技術・研究・システムなどの驚異的な進歩に目を見張る一方で、他国に例を見ないほど、急速に高齢化が進み、また、団塊の世代が大量に現役を引退する時期を迎え、国際競争力の低下や社会保障制度の持続可能性などが深刻に懸念されるなど、さまざまな深刻な問題点も見えてきました。
 医療制度改革を考える時、医療のみを考えるのではなく、もっと根っこの部分、すなわち、国家のあり方や社会システムはどうあるべきか、という根本のところから考えていかなければならないと考えます。
 私は金融業界に身を置いておりますが、「医療」と「金融」には共通項があることに気づきました。それは、「保護」という言葉です。金融保護とか、患者保護という言葉が日常使われていますが、この言葉は、300年続いた鎖国時代、封建制度の精神がそのまま今も続いていることを連想させます。患者も投資家もすべて過保護の下、いつまでも自立しない、お上依存体質。日本人の8割くらいの人がお上依存で、誰かに決定、指示して欲しいと望んでいるように思えるのです。しかし、この国の制度は人任せでは立ち行かないところまできています。

質の高い医療とは?
 私はかつて日米医療シンポジウム日本側代表を長年務めていたことから、両国には制度そのものに極端な相違があり、どちらが良いとか、悪いとか容易に議論できるものではないということを理解しています。それぞれの国の文化、歴史、国民性などに合ったシステムがそれぞれの国に定着しており、それを前提に改革・改善に取り組んでいかなければならないのです。
こうした背景を踏まえ、日本の医療制度の問題点について、以下の14項目について問題認識をしております。

(1)医療崩壊の危機をくい止める方策はないのか!
 「医療崩壊」という言葉が知られるようになりましたが、問題の本質としては、従来型の画一的な評価体系に、本当に勤務医の方々が満足して現場に復帰されるのか?正当な評価をされてこそ、やりがいをもって、優秀な医師が現場に復帰するのではないか?
 単に数合わせで労働力を補給しても、正当な評価とこれによる患者側からの真の敬意がなければ、医療崩壊はくいとめられないのではないか、といった前提があるように思います。医療崩壊の処方箋は、コストはかけるのは当然であっても、その掛け方が、勤務医のやりがいを生む形、具体的にいえば、努力が正当に評価される方式でなければならないのではないかと考えます。決して、公的な医療保障を従来に戻して社会主義的枠組みを強化して保護すべき、とか、医療の社会主義復活を説くわけではありません。

(2)勤務医の待遇改善を最優先課題とすべき!

(3)新米ドクターと名医が同じ技術料なのはフェアか?

(4)保険外併用療養費制度の迅速な拡大で 多様なサービスが実現できるはず!
 平成19年12月25日に発表された規制改革会議「規制改革推進のための第二次答申」において、保険診療と保険外診療を併用する混合診療は全面解禁は見送られたものの、すでに実質的にはかなり多様なサービスが可能となりました。
私個人の見解ですが、いわゆる混合診療については、尾辻厚生労働大臣と鴻池行革担当大臣との合意により、ほぼ政治決着がついていると考えられます。
しかし、保険外併用療養費制度については、特に選定療養について、今後一層の柔軟な適用拡大が望まれます。
選定療養 : 差額ベッドへの入院、予約診療、時間外診療
200床以上の病院へ紹介状なしで初診、 200床以上の病院の再診制限回数を超えて受ける診療、 180日を越える入院
評価療養 : 先進医療、 承認後の保険収載まで、 治験にかかる診療費
薬価基準収載薬の適用外使用

(5)国民健康保険制度を守りながら、医療の安全性や医療の効果を担保しつつ、自由競争的要素をどこまで取り入れるべきか?

(6)最低限の医療保険給付を確保した上で、競争原理を持ち込むべきではないか?

(7)地域医療計画の早期見直しにより、地域に必要とされる医療機関の選定を急ごう。
療養病床削減の受け皿づくり等、国でも議論されていますが、一刻も早く地域医療計画を見直し、その対応策を実施することが望まれます。

(8)公的病院は最低限の医療を支え、民間病院は株式会社化も含め競争社会へ!

(9)医療分野において民間企業の経営ノウハウを活用しよう!

(10)医療周辺ビジネスが病院から切り離されていることは患者にとっていいことか?

(11)日本は世界一の医療供給体制でありながら、患者が満足感を持てないのは何故か?
 これは言い換えますと、「国民皆保険が実現され、医療機関へのフリーアクセスが保障されていて、医療費負担も低く、結果、平均寿命などもトップクラスの日本の医療供給体制でありながら、患者が満足感をもてないのは何故か」ということです。日本の医療が世界一か否かの評価は、観点によって変わってまいりますが、海外からは高い評価を受けてきました。例えば、2000年のWHOとOECDの調査では、日本の医療は「総合世界一」とされています。
 それは、日本のGDPに占める医療費の割合がOECD加盟国中18位と安いにもかかわらず、健康達成度は世界一で「効率がよく」、さらに平等性が世界第3位で「誰でも病院に行きやすい」医療環境を達成しているからです。日本の人口あたりの医師数は、先進諸国では非常に低い方ですが、病床数なら、不足ではないようです。
 医療の質についても、医師会などは、平均寿命や乳幼児死亡率をもって、世界に冠たる成果をあげている、といいます。ところが国民の意識はというと、2000年に総務省が行った「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」によれば、「医療に満足している」国民の割合は、アメリカ76.5%に対し、日本は32.2%でした。
3時間待って3分診療。待合室には絶えず人があふれている。入院すれば、大部屋が標準で、薄いカーテン1枚の仕切りでプライバシーは無いも同然。
つまり、WHOが賞賛する「安くて」「効率がよく」「誰でも」という日本の医療は、
ア.国民皆保険制度
イ.患者さんの我慢強さ
ウ.人手不足による連日の勤務で疲れ果てながら武士道的、犠牲的精神で頑張っている医師たちによって維持されてきたのだと思います。

(12)西洋医学一辺倒の病院でいいか?

(13)統合医療の拠点としての病院が欲しい!
 単に、「病気を治療」ということではなく、「人間のケア」という観点が重要である、というのは、最近の医学の主潮となってきました。がん医療における「初期からの緩和ケアの導入」などもそうです。そういう意味で、全人的な観点から、「キュアよりもケア」という統合医療の考え方、この観点からの医療を重視して参りますと、健康保険で万人画一的治療から、個別的で 自己負担を含めた自己責任治療という流れを推し進めることになります。
 この点については東京女子医科大学国際統合医科学インスティテュート、日本統合医療学会、日本統合医学研究会、日本相補代替医学会、NPO法人統合医療普及協会、などにより動きが具体化してきていますが、米国のように公的なチェック機関を一刻も早く設置してもらいたいと願っております。
 私自身も現在、鍼治療を受け、5〜6年悩みつづけてきた皮膚炎が急速に改善、回復したことから、東洋医学の素晴らしさを実感しております。

(14)未病センターの拡充
 国民が健康の維持、病気の予防に関心を高め、適切な予防対策を取ることは極めて重要です。病人のための病院ではなく、国民が健康の大切さを学び、健康維持のために各種専門家から助言を得られ、一部の予防的医療を受けられる医療関係機関がその機能を拡充していけば、国民医療費の軽減にも大きく関わってくるものと考えます。

<質の高い医療を受けつづけるために>
 すべての国民は、質の良い医療を受けたいと願っており、また、医療を提供する皆様方も質の高い医療を提供したいとお考えだと思います。そこで、これからも日本の国民が質の高い医療を受け続けるためには、「真の市民主導型の社会」を実現することが大切だと思います。
 また、たとえ日本の医療制度の枠組みの中にあっても、困った人が本当に救われるために、制度を応用することも医療に携わる方々に求めたいことであります。「起業」といえます。
 本年4月には、関西(かんせい)学院大学に人間福祉学部が新設され、その中に「社会起業学科」が作られると聞きました。この学科には、ベンチャーを志す人だけでなく、企業や公的機関の中であっても、社会起業の考え方で活動できる人材を育てる狙いがあるということです。
日本が抱える課題の解決をめざす思いがけない業(わざ)が次々に起こることを私は夢見ています。
 ぜひ皆さんも素朴な疑問や最初の志を大切にしていただき、「社会を変えよう」「社会のお役に立とう」という強い意思と熱意をもって行動していただきたいと思います。

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