執筆・講演

企業とNPOの子育て支援協働推進セミナー In HIROSHIMA<基調講演>
2009年11月20日(金)
主催:財団法人こどもみらい財団・公益法人日本フィランソロピー協会

「企業にとってのWLB」
〜 その本質とは 〜

 今なぜワーク・ライフ・バランス(以下:WLB)が叫ばれているのか。要するに「企業は働く環境を整えて働く人を後押しする役割を担う。心と体の健全な従業員が存在をする企業は業績もよく効率も上がる。それが企業と働く人のWin-Winにつながり本来の意味でのWLBに繋がるものではないか」ということです。それこそが企業にとってのWLBの本質であると思います。そして、何より、制度を使いこなさなければ全く意味がありません。

WLB実践例
WLBの実践例をアフラックの例について簡単にご紹介しましょう。

アフラック米国本社
1955年にアフラックが米国で創業して以来、長く大切にしている言葉があります。これは、「会社が社員を大切にすれば、社員も仕事を大切にしてくれる」ということです。その意味は、「もし社員が働きやすい環境として会社に求めているものがあれば、会社もできる限りの対応をしていこう。それは生産性の向上につながるはずであり、ひいてはアフラックの持続的な成長につながるものだから」という考え方であります。

米国本社では、WLBについていろいろな施策を講じていますが、特に子育て支援としての施策では、1991年から託児所を設置し、働く社員のアシストをしています。
米国社会はご存知のように車社会ですから、通勤時に子供を連れて会社の敷地内にある託児所に預けて親はそこから出社するシステムです。2箇所の託児所では500名以上の子供を預けることができます。学校に通う子供達は託児所から会社のバスで学校に行きます。日本で同じことをしようと思っても米国とは職住の事情が違うので同じようにうまくいく話ではありませんが、このシステムは米国本社では子供を持ち、働く社員にとってはかなりの助けになっていると思います。
他にも子育て支援のみならず様々な社員のための施策を講じておりますが、申しあげましたように“会社が社員を大切にする”という思想から経営陣が社員に感謝する、様々なイベントも実施しています。

アフラック日本社
日本社でも米国本社と同じ理念を持ち、「会社が社員を大切にすれば社員も仕事を大切にしてくれる」「男女に関わりなく長期にわたって活躍できる風土つくり」を企業姿勢として掲げています。

日本社では、2006年に次世代育成支援対策推進法に基づく取組を策定し、認定マーク「くるみん」を取得しております。「外資系だからでは?」といわれる方もおられるかと思いますが、その背景には創業期から女性が活躍をしてきたという歴史と保険業という業務の特性が大きく関わっております。

なぜならアフラックの創業期には、日本で知名度も何もないところから出発しましたから人材の確保には本当に大変苦労をしました。35年も前ですから今とは時代も違い、女性が働く環境も随分違っていました。当時、女性は男性よりも就職において不利なことが多く、能力のある優秀な女性が活用されておりませんでした。そのためアフラック日本社では重要な戦力として活躍していただく機会を提供したというわけです。もちろん、男性と同様に能力を発揮して活躍していただかなければならない事情がアフラックにはあったわけです。

というのは、アフラックは保険業でございますので、お客様にご契約をいただいてから、お支払いをするまでの長い期間をお客様に最高のパフォーマンスで接しなければなりません。最高のパフォーマンスを発揮するためにはお客様との信頼関係を築き上げなければならない。そのためには知識、ノウハウ、人間性も磨き上げ、お客様の期待に応えなければなりません。会社側も多くの時間と資源を投下し、社員の育成に努めなければなりません。
折角育成した社員を、長い期間に渡って活躍してもらえるよう、最大のパフォーマンスを発揮してもらえるよう、会社としても魅力的な労働環境を整えて、在職期間を最大限まで延ばしてもらえるように努力をしなければならなかったということです。

アフラックでは「男女に関わりなく長期にわたって活躍できる風土づくり」はこうして経営課題として重視されてきたのです。その結果が「くるみん」取得に繋がった訳です。米国同様、社員の満足は経営者にとって何よりも嬉しいことであります。

私がアフラックを創業したときに、真っ先に考えたのは、アフラックの社員が、本当にこの仕事に対して、「生きがい」を持っていただけているかということでした。全員が本当にその企業で大切にされないと、本当の笑顔を作ることができませんし、お客様に対しても良い印象を与えられないのです。
お客様はその会社の社員から、どの程度の経営者が、どんなことをしているのかということをすぐ読み取ります。私は社員が「この仕事を通じて社会に貢献する」という強い使命感を持って、仕事に向き合って欲しいと常々言い続けてきました。使命感を持つと、仕事に対する誇りもでてくるからです。そう思えるような風土作りをして来たつもりです。

さて、ここで日本社の制度を一部ご紹介させていただきますが、米国同様、子育て支援策では、「短時間勤務制度」と、始業時間と終了時間を30分刻みでずらす「子育てシフト勤務制度」という勤務体系を導入しております。これらの制度は社員の声をもとに生まれたものも多く、実際に女性だけでなく男性の利用実績もあるそうです。
WLBといいますと、子育て支援を充実させることに注目されがちですが、本来の意味は先ほども申しあげましたように、仕事も生活も両立させながら社員の持っている能力をフルに発揮させるために企業が取り組むべきもののひとつでありますから、アフラックでは「育児・介護支援制度」の他に「キャリア開発支援」「休暇制度、余暇充実支援」「健康支援」という制度を実施し、環境つくりを目指しております。

また、日本社においては、米国本社同様、経営陣が社員に対して日頃の感謝を伝えるために創業記念日にあたる11月15日を挟む1週間を「E・A Week」(Employee Appreciation Week)として、いろいろなイベントを実施しています。特にその期間中、家族の理解、サポートに支えられた働きがいのある職場づくりを目的に「ご家族職場見学会」を2002年より開催しております。米国本社でも同様に「E・A Week」には社員に感謝の気持ちを表す催しを行なっております。

企業は永遠
今年8月に、東京商工リサーチが創業100年を超える企業について調査した結果を発表しました。驚くことに、一番古い企業は創業578年、今から1431年前に設立された金剛組という寺社建築の日本最古の「宮大工の会社」だそうですが、創業1000年を超える企業も8社あったそうです。今までに多くの企業が消えては生まれてきた中で、生き残ってきた企業は身の丈に合った経営や、従業員重視などの日本型経営の長所が見られると東京商工リサーチでは分析をしております。
企業は永遠でなければなりません。これは私の自論であります。人は必ず死を迎えますが、企業は死んではいけないのです。永遠に続けなければいけません。
企業の究極の目的は利益の追求もさることながら、どこまでも社会貢献であります。利益とはその社会貢献を実現するためのその「手段」であります。社会に貢献する喜びとして一生懸命に働く社員の生活を支えるのが経営だと私は思っております。その素晴らしい社会貢献企業を存続発展させるために経営者は利益にこだわるのです。
社員が仕事に対して「やる気」を持ち、自分の個性を磨き、能力を育てていく努力が、結果的に企業の創造力や企業のパワーを生み出し、企業が活性化していくのです。
そして社員の「やる気」と「努力」を後押しするのは企業の責任であることはいうまでもありません。

WLBの本質
1)企業の社会的責任 企業にとってのWLBの実践は、理屈上は決して難しい話ではありません。

多くの人が望んでいる仕事と私生活のバランスの問題は性別、年齢、結婚、未婚、子供のいる、いないなどにかかわらず、すべての人の問題です。働く人は、どんな会社で働くのか、どのような仕事をしたら希望するバランスのとれた生活ができるか、ということを仕事の選択上の重要な要素としてみるようになってきました。学生が就職先を探す際も、選択の条件の1つとして考えるようになってきました。

仕事、家庭生活、地域活動、個人の自己啓発、キャリアアップ、勉強、健康、などそのバランスをどのようにとるのかは個人的な価値観に関わる問題のため、本人に委ねる以外にありません。どうすべきかという話でもありません。 企業としては、働く人たちが仕事も生活も両立させながら彼らの持っている能力をフルに発揮できる環境を整える。施策によって仕事をしている間は仕事に集中できる、生きがいを持って仕事ができる、そのような環境を整えることが企業の社会的使命であります。

企業に働く人が生き生きと働き、最高のパフォーマンスを発揮するということは企業への貢献もさることながら、ひいては地域社会にも、さらには国家の活性化にもつながるものであります。それを可能にする土壌作りをすることこそ、企業の社会的な責任であります。
働く環境を整えることはもちろんのこと、能力開発や、健康維持、家庭での責任を担える環境を整えることもWLBへの大切な取組みとなるのは申すまでもありません。

(2)個人の責任
さて、企業によってWLBを実践できる環境が整えられたとして、それを受けて働く側の人たちはどのように対処すればいいでしょうか。企業は社員の高いパフォーマンスの発揮を期待してきます。自分で能力開発をしなければならない。欧米では与えたものに対して期待以下の結果が出るとレイオフもあり得ます。しかし日本はそうではありません。だからと言ってやはり、おざなりにするのではなく、会社に返さなければならないという大人の考え方をしてほしい。要するに権利の主張だけではだめだということなのです。良い環境を提供されたものの責任としてです。
仕事をしながら両立しなければならないのは何も家庭だけではないんですね。子供を育てることだけがプライベートではなく自分の価値を高めるということもとても大切なことであります。

(3)Win-Winの関係
WLBについての企業の社会的責任と個人の責任については只今お話をしましたが、それはお互いに協調し合わなければならない。Win-Winの関係であらねばならないのです。成功させるには一方通行はあり得ません。企業側が環境を整えただけでは意味がありません。整えた環境を活用してこそ、双方が努力して、協調してこそはじめて本来の意味でのWLBが成功すると考えております。

終わりに
WLBの日本での認知度は10%にも満たない状況であります。各方面でWLBの議論が活発化していることも事実ですが、一部の人だけが知っている、ではなかなか制度も定着しません。また、制度はできても絵に描いた餅、作って満足しているだけの、うまく活用されていない状況になっている場合もあるのではないでしょうか。企業も地方自治体も国も、抱えている課題がたくさんあるのかもしれません。

しかしながら、認知度が低ければ官民一体となって協力しながらその実現に向けて大きなうねりを作り出さなければなりません。本日ここにいらしている皆様にも是非その一役を担っていただきたい。人事の方であればご自分の会社に戻られて、どのようにしたら社員の皆さんにWLBを広くご理解いただけるか、制度がきちんと機能するのかをお考えいただきたいと思いますし、NPOの方や行政に携わる方も現場をよくみていただいて抱えている問題や障害になっている問題を現場の目で確認していただきたい。現場知が大切です。机上の空論は、無しです。
そして一般の方もご自分のWLBがどうなのか、生きがいのある仕事と生活ができているのだろうかと一時立ち止まって考えていただきたいと思います。一歩ずつでも前に進んでいくことが何より大切です。

話は変わりますが、私は現在我が国の医療制度を考える数々のプロジェクトで活動をしておりますが、今問題になっている医師不足、日本の医師の4割が女性だそうです。年々、その比率は増えているそうですが、しかしながら実際に働けているのは5、6%に過ぎない。家庭を抱え、主婦業を抱え、勤務時間の調整さえつかず、埋もれてしまっています。
工夫すれば何万人もの女性の医師が職場復帰を果すことができます。企業に限らず、あらゆる業種で男女の差がなく働ける環境を早く創りださなければならないと感じております。

 

WLBには「このようにしなければならない」「これが結論だ」というものはありません。
しかし、個々人がその人生の中でどれだけ生きがいのある仕事を持ち、個人個人の価値
観と倫理観に基づいて自分を活かして幸せに生きることができるかが、究極のWLBであろうと思いますし、それができた時に初めて企業の責任が果されたといえるのではないかと思います。

時代は変わっています。企業も、国も地方自治体も、そして働く人も、皆、WLBを正しく理解し、何よりも企業側が用意した制度を利用する人が回りの人に気兼ねなく、躊躇することなく活用できるような環境を作り上げていくことが大切です。企業側、働く側、社会全体がそれぞれの責任でこの思想を盛り上げていくことが必要であろうと思います。
ある意味での意識革命、精神革命が必要です。

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