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医療福祉チャンネル774「黒岩祐治のメディカルリポート」6月の放送は「さまよえる医療難民」パート2です。前回に引き続き、パーキンソン病の疑いで病院を転々とさせられた黒田さん(73歳)の例をさらに検証しました。
急性期病棟から追い立てられるように療養型病棟に転院させられた黒田さんは、治療レベルが下がったために症状が一気に悪化。表情も固くなり、歩行も困難になってしまいました。家族は再び受け入れ先の急性期病棟を探しますが、これがなかなか見つかりません。
今の診療報酬体系においては、こういった手間ヒマかかるが劇的な回復が期待しにくい神経難病患者は、病院経営を圧迫させるだけの“迷惑な患者”となってしまいます。彼らを専門に受け入れる病院がほとんどないのですから、こういった患者は結局、さまよわざるをえなくなってしまうのです。システムがそうなっているのであって、病院側を一方的に責め立てるわけにはいきません。
困り果てた黒田さんの家族は、さまざまなツテを頼って情報を集めました。一日の差額ベッド料を4万円近く負担するなら、受け入れは可能という病院はなんとか見つかりました。しかし、この先、どれだけ続くか分からない入院生活で、月100万円を超える負担はあまりにも過重でした。個人で加入していた民間保険もすでに使い切ってしまいました。
そんな時、黒田さんの家族はケアマネジャーの有坂さんに出会ったのです。事情を聞いた有坂さんは自分のネットワークの中からある急性期病院を選び、受け入れを直接、依頼してくれました。転院先を個人で探してもなかなか見つからなかったのに、有坂さんの一声でその病院は受け入れを了承してくれました。病院の世界はコネがあるかどうかで全然違うとよく言われますが、黒田さんの家族はそういった現実を痛感することとなりました。黒田さんにとっては地獄で仏に会ったような喜びでした。ただし、この病院も1ヶ月という条件付きではありましたが。
そもそも有坂さんはケアマネジャーであって、患者さんの相談を受けて転院先を探して紹介するというのは正式な業務ではありません。つまり、有坂さんはボランティアで黒田さんを助けたということなのです。その仕事によって診療報酬から支払われるわけでもなく、文字通りの無償奉仕だったわけです。
「私はもともとは社会福祉士なんです。転院先を紹介するというのは本来は病院のソーシャルワーカーさんの仕事なんでしょうけどネ。でも、私も仕事の関係で頼める病院もいろいろありますから、頼まれたらご紹介しているんです。知り合いの看護師長さんに直接電話して、お願い!って頼み込んでいるんです。」
有坂さんは屈託なく笑いますが、患者にとって必要な業務が無償ボランティアに依存している現状が浮き彫りになってきました。しかし、それならソーシャルワーカーがしっかり仕事をしていれば済むのかと言っても、ひとつの病院の中で働く彼らが他所の病院の実情を正確に把握しているとも思えません。中にはうちの病院に患者を送り込んできて欲しいと、渉外担当が営業に回ってくるところもあるようです。「誰でも引き受けますよなんていう病院は概してレベルが低いんですよネ」と番組ご意見番の和田秀樹さんは指摘します。
「神経難病の患者さんの転院先を斡旋するなどというのは、本来は保健所の仕事なんじゃないでしょうか。保健所の機能が特に介護保険が導入されて以来、弱まっているように思えます。なんでもかんでもケアマネジャーに頼るみたいになってしまってネ。保健所と医療機関の連携がうまくいっていないことが問題だと思いますよ。」
和田さんは保健所のあり方について疑問を呈しましたが、これはなかなか重要な指摘だと思いました。日本看護協会でも「街の保健師さん」などとキャンペーンを展開し、地域密着型の保健師の役割の重要性をアピールしていますが、実態は相変わらずいわゆるお役所仕事が中心となっていて、現場との距離は埋まっていないようです。
保健所を有効に機能させるというのもひとつの考え方ですが、患者サイドのニーズがあるのですから、ビジネスとして成立させてもおかしくはないと私は思いました。患者のためにあらゆる医療機関や医療情報を提供し、具体的に紹介したりする会社です。新たな医療関連ビジネスにはさまざまな規制があって、現状ではそう簡単にはいかないことも大きな問題なのです。
「今も会員制の相談センターもあることはあるんですが、ずいぶん高い年会費を取られるんですよね。それより無料相談などをもっと充実させて方がいいと思います。」
有坂さんはビジネス展開には否定的でしたが、和田さんはそうではありませんでした。
「無料相談だからかえって業者と癒着するってこともあるんですよ。無料だからどこの病院を紹介しても、責任取らなくてもいいですものネ。紹介病院の医療の質をあまり考慮する必要がないというのは怖いことです。タダほど高いものはないっていうじゃないですか。そもそも病院での退院時指導など医療相談には診療報酬がつかないことが問題なんですよ。」
ただでさえ健康保険財政が危機的情勢にある中で、診療報酬でカバーするものをこれ以上増やしていくのは現実問題としては難しいでしょう。それならばたとえば、その相談部分だけは保険外の自費負担ということにすれば、病院サイドも相談窓口を充実させようと努力しようとするでしょうし、患者にとっても安心できるシステムになるのではないでしょうか。
ところが、これを実現するためには保険診療と保険外診療を同維に認める、いわゆる混合診療を認めることが必要です。これまで混合診療には断固反対を続けた日本医師会を抑えることができるかどうかも大きな問題です。「さまよえる医療難民」の問題を掘り下げると、「納得できる医療」実現に向けてのいろいろな論点が浮き彫りになってきました。