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コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2004年 8月号

 高齢のパーキンソン病患者が病院を転々とする、いわゆる医療難民化するのは、今の診療報酬の下ではやむをえないのかと私も絶望的な気持ちになっていました。ところが取材を進めていくうちに、急性期病床ではありながら長期入院を実現している病院を見つけました。医療難民シリーズ3回目は福岡県柳川市にある柳川リハビリテーション病院を取材しました。

 柳川リハビリテーション病院は平成2年にリハビリ専門の病院としてスタートしました。年々増え続ける神経難病の患者さんのニーズに応えようと、去年12月、6階のワンフロアーの急性期病床60床を神経難病センターとしてリニュアールしました。北九州はもともと九州大学を中心として神経難病治療に積極的な医師が多かったようですが、この病院の4人の神経内科医がもっと専門的な治療をしたいという思いから、このセンターを立ち上げることになったそうです。

 急性期病床ですから、患者さんは十分な医師やナースに支えられて手厚い医療看護を受けることができます。しかも、リハビリ専門のスタッフも充実しているので、神経難病の患者さんにとってはまさに理想的な環境が出来上がっていると言えるでしょう。「私たちは全国のモデルケースを目指していますし、なりうると思っています」小池副院長は胸を張りました。

 急性期病床でありながら、入院期間に制限を設けないでパーキンソン病患者さんを受け入れられるというのはいったいなぜなのでしょうか。それは「障害者施設等入院基本料」という診療報酬上の制度を活用したからでした。

 パーキンソン病と認定された患者さんの場合、特別加算250点はつきますが、入院が長期になると、やはり診療報酬は通常どおりに激減するシステムになっています。これが「障害者施設等入院基本料」を採用すると、特別加算が100点増しの350点になるとともに、3ヶ月を超えても診療報酬が下がらないようになっています。ただし、この制度を使うには、指定された難病患者を7割以上入院させていることが条件となります。長期入院させても病院は損をしないように制度設計されているわけですから、パーキンソン病の患者さんも転院を迫られることがないのです。

 こういう制度があるならば、全国各地の病院がこの制度を使えば、長期入院は可能になるはずです。しかし、現実問題としてそうなっていません。それは受け入れの人的態勢が整っていないことが主な原因のようです。神経難病の治療は薬の投与などかなり高度な専門的知識と経験が求められますが、そもそもそういった専門医が不足しているのです。パーキンソン病の重症患者が回復することは期待しにくいので、ケアするスタッフは肉体的にも精神的にたいへんです。リハビリスタッフの数と質が揃っていることも必要です。スタッフ全員がよほどの覚悟と意欲を持って取り組むという態勢ができていなければ、生半可なことでは実現できないようです。

 都内でも「障害者施設等入院基本料」を採用している病院は少なくはないのですが、脊椎損傷や重度の肢体不自由児などが中心で、パーキンソン病患者を積極的に受け入れている病院はほとんどないというのが実態なのです。

 そもそもパーキンソン病の患者数は全国で14万人あまり、なんと1000人に1人という高い割合なのです。パーキンソン病は高齢者に多い病気なので、高齢者だけのデータを取れば100人に1人くらいはいるのではないかとも言われています。しかも、ここのところ患者数は毎年毎年急カーブで激増する一方です。東京で平成元年に3000人程度の患者数だったものが、平成15年には倍以上の7000人に達しようとしています。検査技術が進んだことにより、患者として認定されることが多くなったという側面もありますが、高齢化社会がそれだけ急速に進んでいるということの現われでもあります。

 つまり、高齢化社会の急速な進展に医療の供給体制がついていっていないということなのです。医療難民は発生すべくして発生していると言わざるをえません。和田秀樹氏は言います。
「高齢化社会に突入すると、慢性病や神経難病の患者さんは急速に増えるんですが、急性期病床で対応するようにしようというのも簡単ではないし、逆に療養型病床を格上げするというのも容易ではないんですね。」

 しかももうひとつ、東京など大都市特有の問題もあります。青山病院神経内科医長の大和田潔氏は次のように指摘します。
「地方では中核病院を中心として医療、介護、それに在宅支援などセーフティーネットをはってうまくやっている地域もありますが、逆に大都市だとそういった連携が難しいんですね。」

 たとえスタッフを充実させることによって、急性期病床を長期入院患者の受け入れを可能にしたところで、延々いつまでもというわけにはいきません。病院を退院した後の在宅医療支援であるとか、リハビリが行き届く環境整備など、病院や介護施設などとの連携システムが大事になるわけです。それは一体感のある地方の方が態勢を組みやすく、大都市は逆にバラバラになってしまうという問題点を指摘しているのです。

 「大都市ほど医療過疎なんですよ」和田秀樹氏の言葉が衝撃的な響きを持って伝わってきました。

 かつてはある程度回復し、濃密な医療を必要としなくなった老人たちは帰るところもなくて、普通の病院に長期に入院していました。しかし、そのために今、医療を必要としている患者さんたちが締め出されているといったことが問題視され、いわゆる社会的入院は排除しようということになって、長期入院がしにくいシステムに変えられたわけです。基本的方向性としては間違ってはいませんが、個別の現場に目を向けると、システムの狭間で泣いている患者さんがたくさんいるようです。高齢化社会にふさわしい医療供給体制とはいかにあるべきか、さらに追求していきたいと思います。

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