HOME > これまでの著書・コラム > NURSE SENKA

これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2005年 1月号

 ひとつのテーマに徹底的にこだわって連続放送するという方針をたてたものの、ALS(筋萎縮性側策硬化症)だけでどこまで続けられるのか、私も不安になってきました。「継続は力なり」されど「マンネリは恐怖なり」。

 救急医療やナースの問題でキャンペーンをはってきた私の経験から言えば、そもそも連続キャンペーンというのはそういうものなんです。そのマンネリ感をどう突破するか、そして継続のパワーにどうやってつないでゆくか、そろそろ正念場を迎えつつありました。

 しかし、ここまで放送してきて、そこから次々に湧き上がる疑問を解消することなしに次に進むことはできません。私はALS患者への痰の吸引問題をさらに深堀りすることにしました。

 「ヘルパーに痰の吸引を認めて欲しい」という患者・家族たちの切なる思いを受けて、厚生労働省は容認に踏み切りました。しかし、実際にはヘルパー派遣事業所の多くが実施していませんでした。家族が依頼すると「うちはできません」と断られるのが、ほとんどでした。ただ、すべての事業所がそうではなく中には実施しているところもありました。この差はどこにあるのか、今回はこの点に焦点を当てました。

 スタジオにはヘルパーの痰の吸引を行なっている事業所として「ケアサポートモモ」代表の川口有美子さんと、行なっていない事業所として「ニチイ学館」の専務取締役吉田英二さんを迎えました。川口さんは母親がALS患者で、同じ悩みを持った患者・家族のために痰の吸引のできるヘルパーを抱え、自ら派遣事業を立ち上げた人です。

 川口さんによりますと、介護保険制度ができる前は、全身障害者派遣制度を使ってヘルパーは有償ボランティアとして痰の吸引をやっていたと言います。それが介護保険制度ができてヘルパーはどこかの事業所に登録しなければならなくなり、その時から事業所としてはできませんということになったそうです。そこで仕方なく、以前から痰の吸引をやってもらっていたヘルパーを集めて、事業所を立ち上げたということでした。

「母親は寝たきりですが、ヘルパーさんたちが看てくれているおかげで、私もこうして外出もできています。痰の吸引は前からやっていたことなので、ヘルパーさんたちにとっても自然なことなんです」

 かたや、ニチイ学館はヘルパー2万4千人を擁する業界最大手ですが、ヘルパーの痰の吸引に踏み切らないのは、厚生労働省の方針がはっきりしないためだと言います。つまり、厚生労働省の報告書で「当面やむをえない措置として実施する」と一応容認しながらも、「ホームヘルパーの業務として位置づけられるものではない」としている点です。事業所の立場からすれば、「業務として認めない」と言われている行為を、あえてリスクを犯してまで実施することはできないのだと言うのです。

 自らも患者で日本ALS協会会長の橋本操さんは、「万が一のことがあっても責任は問いません」という念書を交わした上で、ヘルパーに吸引を行なってもらっているのだそうです。それも不自然なことですが、吉田専務は、 「たとえ刑事事件には問われなくても、罪は罪として民事に問われるかもしれません。業務じゃないと言われることはヘルパーにとって精神的に大きなプレッシャーになるんですよ。ただでさえ、燃え尽き症候群になるヘルパーもいる中で、私たちとしてはやれとは言えません」

 これに対して、川口さんは、
「うちのヘルパーもいざという時には訴えられるということはわかっています。でも訴えられたらそれでいいじゃないって思ってやってますよ」
 と答えました。確かに、医療福祉の世界では、訴えられること自体を恐れてはなにもできません。すべての医療行為にはリスクは伴います。訴えられることを分かった上でやっているというのは、決して特別なことではありません。ただ、そのためには、しっかりとしたシステムが必要なことは論を待たないところです。

「吸引による事故は民間保険の対象になりません。これも大きな課題なんです」
 吉田専務は問題点を指摘しましたが、川口さんは、
「吸引事故に対して、私たちは損保ジャパンに相談して新しい保険を作ってもらいましたよ。ニチイ学館さんも入ることはできるはずですよ」
 と切り替えしてきました。自分たちのニーズに合わせて、新しい保険を提案して作ってしまったというそのパワーには私自身も驚かされました。それだけ患者・家族にとっては切実な問題だったということなのでしょう。

 和田秀樹さんは業界最大手のニチイ学館への期待感を語りました。
「ユーザーの側から見れば、大手だとヘルパーさんにもいろんな人がいるんじゃないかという期待感ってあると思うんですよね」
 これに対して、吉田さんは、
「2万4千人のヘルパー全員に広く、薄く、平準化して痰の吸引を実施するというのは難しいと思うんですね。ただ、ヘルパーの中から、特別に選んだ人たちに研修を受けてもらったりしながら、テスト的にやってみるという考えは持ってはいるんですよ。また、ニチイ学館本体では難しいですが、特別に別の会社を作ってやるというのもアイデアのひとつでしょうね」

 吉田専務は絶対に認められないという頑なな姿勢ではなく、話しているうちに徐々に前向きの姿勢を示し始めました。私もこれはいけるかもしれないという感触を覚え、さらに吉田専務にけしかました。

「業界最大手のニチイ学館が動けば、その波及効果は大きいですよ。数あるヘルパー派遣事業者の中で、動き出せば、逆に差別化ができて、ビジネスチャンスも拡がるんじゃないですか?」
 吉田専務は大きくうなづきながら、検討を約束してくれました。番組が終わったとき、スタジオにはある種の高揚感が残っていました。川口さんが、「こんなにすっきりした気持ちになったのは初めてでした。ありがとうございました」と深々と頭を下げて帰っていかれたのが、印象的でした。

» コラム一覧へ

リンクサイトマップ