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これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2005年 4月号
認知度が低い多重人格症の治療体制の整備を

「ジキルとハイド」をしのぐ4人の交代人格がいる
 ミュージカルにもなった「ジキルとハイド」という作品があります。ヒューマニズムあふれる医師と凶悪な殺人鬼が一人の人間の中に同居する、いわゆる二重人格者を描いた作品です。実話に基づいた作品ですが、私自身、そういう人に会ったこともないので、実感をもつことができませんでした。しかし、二重人格どころか何人もの人格が同居する多重人格症という病気があるのです。その患者さんの現実を見て、私は大きな衝撃を受けました。  通常、こういう取材は顔にモザイクをかけたり、音声を変えたりするものですが、ご本人とご主人の了解があったため、そのままの表情を映すことができました。というのも、ご主人は映画監督で映像の世界のことを知り抜いておられるからでした。こういう病気があって、苦しんでいる人たちがいるという現実を知ってもらいたい。その思いから本を出版され、今回の映像取材についても快く引き受けてくださったのです。  花田深さんの奥さん、純子さんの中には50年も一緒にいるシズ、純子さんに恨みをもっているカオリ、純朴な少年ケン、少女リサという4人の交代人格がいます。その交代人格が出ている間は、純子さんは文字どおりの別人に変身してしまうのです。深さんが撮影したVTRの中では、純子さんとは明らかに目つきが違って狂暴ささえ感じさせるカオリや、少年の声でささやくケンが映し出されていました。彼らが出現している間、純子さんには全く記憶がないそうです。
「寝ているというか……。たとえば電車に乗って1時間半くらい経っているはずなのに、乗った瞬間、すぐに目的地に着いていたようなことがあるんですね」
 この病気のために一家は地獄のような生活に追い込まれました。純子さんを困らせてやろうとするカオリが消費者金融60社以上に次々と借金をしたのです。深さんはいきなりすさまじい取立てと闘わざるをえなくなりました。しかし、「どうして借金をしたのか」と純子さんに問いただしても、「記憶にない」と言うばかりで、まるで他人事のようだったといいます。

交代人格を呼び出し対話によるカウンセリングを行う
 最初、精神科に行っても相手にされませんでした。町沢静夫さんのクリニックを訪れて、初めて解離性同一障害、つまり多重人格症と診断されました。町沢さんはこの病気を100例以上も診てきたのです。
「顔を見てすぐにわかったなんてことはありません。話を聞いてみて、頭の中でガサガサ音がするとか、歩いていたらいきなり変なものを持っていたなんて言うので、そうではないかなと思いました」
 町沢さんは純子さんの目を塞ぎ、頭の後ろの方から、交代人格に呼びかけます。すると交代人格が現れます。町沢さんの治療は、その交代人格と対話することによってカウンセリングを行うのです。
 純子さんは幼い頃に虐待を受け、その苦しみを救うために交代人格が生まれたといいます。カオリがなぜ純子さんに恨みを抱いていたか、それはカウンセリングの結果、だんだんにわかってきました。カオリにしてみればせっかく自分が純子さんのトラウマを引き受けてやっているにもかかわらず、感謝されていないからだというのです。
 町沢さんはそれぞれの交代人格と純子さん本人の交換日記をつけさせることにしました。お互いのコミュニケーションをとることで、交代人格が本人の人格に統合されていくことを目指したのです。最近、だんだんと治療効果が上がって、カオリが出現しなくなってきたそうです。

全国で患者数は2000〜5000人にのぼるといわれる
 にわかには信じられないような話で、生理学的には未だ証明されていないそうです。しかし、『多重人格』の著書もある和田秀樹さんによりますと、アメリカなどでは病気として正式に認知されており、しっかりとした診断基準も確立しているそうです。
 日本ではまだまだ精神科医の間でさえ認知度が低く、実際に治療できる医師も限られているようです。しかも、現行の診療報酬体系では全く割に合わない治療となっているのです。町沢さんは言います。
「交代人格一人一人にカウンセリングをするわけですから、一人の患者さんの治療に3時間くらいかかります。自分の研究心があるからやっていますが、金銭的にいえばボランティアです」
 全国に2000人から5000人くらいは患者がいるだろうと推定されていますが、実際に治療を受けられているのは30人くらいではないかということです。最近、凶悪犯罪が多発していますが、なかには本人が知らない間に交代人格が罪を犯した場合もあるかもしれません。まずは病気としての治療体制を整えることが、社会全体のニーズとして早急に求められているのではないでしょうか。

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