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構造改革特区として杉並区の二次医療機関の機能強化を図るねらい
今回の「メディカルリポート」では、アメリカのERドクター(救急専門医)を招聘し、救急医療の受け入れ体制を充実させようという東京・杉並区の「ER特区構想」を取り上げました。
今の日本の法律では外国の医師が国内で医療行為を行うことは基本的にはできません。そこで、今、政府が推し進めている構造改革特区として、実験的にやってみようという画期的なアイデアです。提唱者は杉並で病院を経営する河北総合病院理事長の河北博文さんです。
河北さんはもともと医療改革に情熱を注ぐ論客としても有名な医師で、私とはいつも同じ勉強会で議論を戦わせている友人でもあります。ある日、彼は憤懣やるかたないという表情で、私に訴えかけてきました。この「ER特区構想」が厚生労働省によって却下されたことが我慢ならんということでした。「じゃあ、番組でやりましょう」ということで、今回のゲストとしてスタジオに来ていただくことになりました。
同席ゲストに杉並区の山田宏区長をお呼びしました。彼はかつて衆議院議員でしたが、区長になってからは改革派首長として、全国的に注目を集めてきました。私は議員になる前からの知り合いで、今回も快く出演を引き受けてくれました。
杉並区は夜間人口が52万人にも達しますが、三次の救命救急センターはひとつもなく、7カ所の二次医療機関で救急医療を支えています。「救命救急センターを作ってほしい」「公立病院、大学病院を誘致してほしい」など、住民からはさまざまな要求が出されるそうですが、山田区長は「まずは二次医療機関の機能強化を全面的に応援したい」という方針を掲げていました。ER特区構想は二次医療機関にアメリカ人ERドクターをというものですから、山田区長の考え方とも基本的に一致するものでした。
日本国内で外国人医師が全く働いていないのかといえば、そうではありません。現に私たちの取材の中でも、マレーシア人のキョンさんがクリニックで働いているシーンを撮影することができました。彼女は日本の大学の医学部を卒業して、日本の医師国家資格を取得していますから、国籍がマレーシアというだけで、日本の医師です。
外国人医師が日本で働くにはいくつかの条件があります。キョンさんのように日本の医学部を出ていなくても、予備試験と国家試験をクリアすれば働くことはできます。また、実地修練ということで、研修目的であればOKです。阪神大震災の時のように外国人医師団が緊急支援目的で入国してきた場合も例外的に認められます。
さらに、日本と協定締結国ならば、同国人に限って診療ができることになっています。つまり協定締結国であるイギリスの医師がイギリス人を診療することはできるのです。
夜間の一般救急医療では当直医の専門以外は十分な対処ができない
「日本の医師は臓器別になりすぎていて、横断的な機能はとっても遅れているんです。日本の夜の一般救急医療は当直医が支えているんですが、自分の専門しか分からない医師では十分に対処できません。そこで、救急医療そのものを専門にしてきたアメリカのERドクターに来てもらって、日本の足りない分を補ってもらおうと考えたのです。彼らと一緒に仕事をすることによって、日本の医療スタッフも大いに刺激されるはずです」
河北さんは熱っぽく語りました。ただし、今の日本の医療システムでいきなり実現することは不可能です。そこで、構造改革特区に認定してもらうことによって、杉並区だけで実践してみようとしたのです。特区というのは、今の法律では規制されていてできないことを地域を限定して、実験的に規制緩和してみようという考え方から生まれたものです。河北さんは当然認定されるものと信じていました。
ところが厚生労働省がNOと言ってきたのです。アメリカ人医師の資質を評価できないし、会話能力に不安があるというのがその理由でした。
「なんでもかんでも官が決めるのではなく、やってはいけないことだけ明示するネガティブリストにすればいいじゃないですか? しかも特区ですよ。なぜ厚生労働省に決める権限があるんですか?」
河北さんの主張に和田秀樹さんも賛同しました。
「河北さんは自らリスクをとってやろうとしているんですよ。アメリカ人ERを使って、万が一、問題が起きたら、自ら責任を持たなければいけない。それをダメだというのはおかしいですよ」
現状を打破するにはローカルマニフェストを掲げる手段しかない
ここで私から山田区長に“大胆提案”を行いました。それは次の区長選挙に出馬するなら、その際にローカルマニフェストとして掲げたらどうかというものです。地方の首長選挙の際に有権者に提示し、約束する具体的な政策がローカルマニフェストです。
「ER特区構想」そのものをマニフェストにした候補者が当選したらどうなるでしょうか。その区長は有権者に約束したわけですから、実行する義務があります。厚生労働省がダメだと言っても、押し切ることができるのではないでしょうか。
もし、国があくまでダメと言うなら、後は闘いです。逮捕覚悟で区長がマニフェストを実行するわけです。
地方分権というのは本当はそういうことではないでしょうか。権限を国から分けていただくという発想ではなく、地方自らがもぎ取り、独自のやり方で実践する、そんな一種の独立戦争のようなものだと思うのです。
私の過激な提案を聞いている山田区長の額からはみるみる汗が噴き出してきました。
「黒岩さん、そんなにたきつけないでくださいよ」
まだ、次回の選挙に立候補するかどうかも決めていない彼にそれ以上、追求するのは酷だと思ってやめました。しかし、私は規制でがんじがらめの日本の医療の世界を打破していく最大の方策は、“逮捕覚悟のローカルマニフェスト”だと真剣に考えているのです。