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小児時に発症して33年徐々に進行してひたすら痛みを我慢する日々
「黒岩祐治のメディカルリポート」もスタートして2年目に入りました。もともとは患者さんやその家族のみなさんの悩みを寄せていただき、それに応えようという思いで始めた番組でした。今回取り上げたテーマは私のホームページに寄せられた訴えのメールがきっかけとなって、取材・放送することになったものです。
FOP「進行性骨化性線維異形成症」という病気をご存じでしょうか? 筋肉や細胞が骨化するという難病で、100万人に1.8人の発症率だそうです。極めて珍しい病気で患者の実態もよく分からず、治療法も確立されていません。せめて国に難病指定してもらおうと患者さんたちが署名活動を始めました。私のホームページに署名活動を呼びかける告知をし、彼らのページともリンクを張りました。
しかし、実際の取材が実現するまでは大変な道程でした。取材は患者さんご自身にカメラで撮影されることを了解していただかなければなりません。世の中の多くの人にこの病気の実態を知ってもらい、理解を得たいというのは患者さんみんなの思いです。そうではあっても、周りの人すら知らない自分の病気を明らかにすることに、みなさんは抵抗感を覚えていたのです。
私たちも時間をかけてじっくりと取り組んできました。交渉開始から半年以上たってようやく2人の患者さんが応じてくれました。
ゆかりさんは1歳4カ月で発症してから33年、今は上半身が固まったような感じで、歩くことすら辛そうでした。この病気は小児の時に発症し、徐々に進行していきます。ゆかりさんも体の関節が次々に固まっていき、バンザイができなくなり、上半身から今度は足に症状が広がりつつありました。
「人が体の中から引っ張っているような感じで、このまま自分の体がちぎれてしまうんじゃないかというような痛みです。薬も効かないし、ひたすら我慢するしかないんです」
遺伝性の病気ですが、両親に症状がなくとも突然変異によって発症することもあります。母親のしのぶさんには症状はありません。
「あっちの先生、こっちの先生といろいろ連れていったんですが、みんな初めて診る病気で触りたくないという感じだったですね。一人でも興味をもってくれる先生がいてくださるといいんですけどね」
結局、子供の時から診てもらっている近くの医師に今も頼りきりです。岩切清文医師は言います。
「骨代謝に関係するBMPというタンパク質の突然変異といわれてはいますが、ほとんど治療法もなく、対処療法しかできないんです」
マッサージをして揉みほぐすことも、注射をすることもできません。刺激したり、若干でも出血したりするとその箇所が骨になってしまうからです。ゆかりさんは障害者一級の認定は受けていますが、難病指定されていないため、孤独な闘いを強いられていました。
「今まではこういう病気で苦しんでいるのは自分だけと思っていたんです。ところがパソコンを始めてみたら、日本にも私と同じ患者さんがいることが分かったんです」
ゆかりさんはFOP患者のホームページを通じて情報交換を始めました。どの患者もみんな周囲に理解されず、治療法もない中で辛い日々を過ごしていることが分かりました。自由に動き回れないゆかりさんにとって、ネット上での新しい出会いは大きな力となりました。
今回取材に応じてくれた2歳の秀君と母親の美希さんも同じネットで知り合った仲間です。秀君は生まれた時には手がくっついたような状況でしたが、頭が腫れるということで飛び込んだ救急外来でこの病気と診断されました。美希さんも最初は泣いてばかりいたそうですが、泣いていても治るものではないということで、ネットを通じて知り合った仲間たちと共に、難病指定を目指して署名運動を始めました。
30万人を超える署名を元に難病指定に向けた活動がスタートした
国立大阪医療センターの中瀬尚長医師は難病指定されることの意義を次のように語りました。
「この病気は骨を作るタンパク質のBMPができすぎることに原因があると思われます。その物質を出にくくするための遺伝子治療に光を見いだすことができるかもしれません。難病指定されますと、医療費支援が行われるだけでなく、研究へのサポートが得られ、とても意義があると思いますね」
難病指定というのは、特定疾病対策懇談会での有識者の議論を踏まえて決定されることになります。
「私どもに患者さんがどれほど困っておられるかを積極的にお伝えいただくことは大事なことだと思います」
疾病対策課の菊岡修一課長補佐は答えました。患者がどれほど困っているかはこの番組を見てもらえばすぐに分かるとは思いますが、役所というのはこういうものなんですね。たった一通の手紙からでも実態を知ろうと思えば分かるはずです。しかし、役所には自分の方から見に行こうという発想はないようです。彼らに多くを期待できないとすれば、その役割は我々メディアの仕事です。
ゆかりさんたちの署名活動は目標の10万人をはるかに超えて、30万人超に達しました。これを元に難病指定に向けた具体的なアクションが始まりました。しかし、難病指定は決してゴールではなく、克服しなければならない課題はまだまだたくさんあります。
中瀬医師は指摘します。
「何科にかかればいいか分からないという患者さんの声を聞くんですが、小児科がリーダーになり皮膚科、整形外科、歯科などが連携する態勢を作ることが大切ですね」
発症した時は小児科が診ることになりますが、大人になれば小児科がフォローするわけにはいきません。だからこそ、連携態勢が必要だということですが、この点は日本の医療の抱える構造的弱点でもあります。縦割りの弊害はまだまだ顕著です。
歯科医がこの病気のことを知らなければ、普通に注射をしたり、顎を大きく開かせたりしてしまうかもしれません。そうしただけで、その部分が骨化してしまうわけですから、症状を悪化させてしまうことにもなりかねません。
「患者さんは少ないんですが、もしかしたらこの病気に罹っているんだけど、分かっていないだけという人もたくさんいると思うんですね。そういう人は間違った治療によってどんどん厳しい状況に追い込まれている可能性もあります」
中瀬医師の指摘はなるほどと思わせるものでした。その意味でもできるだけ多くの人が知るところから始めなければなりません。今回の番組は私なりの“ネットとテレビの融合”です。患者さんのお役に少しでも立てたなら幸いです。それもこれも患者さん自らが勇気を持って立ち上がってくれたことがきっかけですから、ゆかりさんたちに心からの敬意を表したいと思います。