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これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2006年 1月号
さまよえる末期がん患者の実態から 日本の医療の病巣が見える

末期がん患者はホスピスに入っても退院させられる
 がんセンターや癌研病院は、基本的には末期がんと診断された患者さんの人生を最期まで診てくれる所ではありません。東京の癌研有明病院には緩和ケア病棟が作られましたが、病床はすぐにいっぱいとなってしまいます。そのため痛みのコントロールがある程度できるようになれば、患者は退院を迫られてしまうのです。ホスピスは最期を看取ってくれる場所だという考え方は、今では誤解なんだそうです。
 がん患者が200万人、亡くなる人が年間30万人という状況ではやむを得ないということなのかもしれません。しかし、末期がんになってホスピスに入っても、退院させられてしまった患者はどこへ行けばいいのでしょうか? ホスピスやそれに準ずる施設がもっともっとたくさんあればいいのですが、そういうわけではありません。そのため、現状では「がん難民」と言われるように末期がんの患者が受け入れ先を求めてさまようという悲惨な状況となってしまっているのです。
 そんな患者に救いの手を差し伸べている病院の一つが、池袋にある要町病院です。癌研病院に勤務していた吉澤明孝副院長が末期がん患者の受け入れ先がないことに心を痛め、一般病院であるにもかかわらず、積極的に患者を受け入れるようになったのです。
 吉澤さんは太った身体に人なつっこい優しげな表情を浮かべながら、語ってくれました。
「本来はがんセンターなどの専門病院とホスピスの間の中間的施設があればいいのですがね。末期がんの患者が死にそうだからと言って、救急で私たちの病院にいきなり運ばれてくることも多いんです。その場合、私たちは患者さんのことは何も分からないまま、受け入れざるを得なくなるんです」
 癌研有明病院緩和ケア部長の向山雄人さんも患者を送り出さなければならない心情を吐露しました。
「抗がん剤や化学療法だけが治療ではなく、苦痛を取り除くことも重要な治療です。苦痛の治療を適切に行えば、延命できる患者さんはたくさんいます。ところが医師の理解が足りないこともあって、抗がん剤が使えなくなったら、もう来ないでくださいみたいな感じになってしまう。入院を控えている患者さんもたくさんいますからね」
 ペインクリニックを表示している病院も増えてきました。かつては病気や治療に伴う痛みはやむを得ないもの、我慢しなければならないものと言わんばかりでした。それに比べれば、最近は痛みについてのフォローもなされるようになってきたようです。しかし、まだまだ医師の治療の概念の中には明確には位置づけられていないようです。

緩和ケア病棟の承認を取るのは一般病院では困難
 要町病院のような一般病院で終末期の患者を受け入れた場合にはやはりいろいろな問題が生じるようです。吉澤さんは言います。
「もともと消化器外科や整形外科しかありませんでしたから、呼吸器系などそれ以外の患者さんにどう対応すればいいか、スタッフの間でも戸惑いがありました。しゃべれない患者さんとどうやってコミュニケーションをとっていいかが分からず、ずいぶん苦労しました。癌研病院の医師に来ていただいて、なんとかやってきましたがね」
 しかも、緩和ケアを実践することで診療報酬上でのメリットがあるのかと思っていたら、それが「全くない」というのです。「緩和ケア病棟承認施設基準」も「緩和ケア診療加算」も要町病院では取ることはできないのだそうです。その基準の内容を見れば、とても一般病院で満たすことなどできるはずがないことがわかってきます。
「緩和ケア病棟」として承認されるためには、「看護師が患者1.5人に一人以上。病棟床面積が患者一人に30㎡以上。病室床面積が8㎡以上。病室の5割以上が個室。患者家族の控え室、専用台所、面談室などが必要」などきめ細かく定められています。それ専用に作った施設でなければ、とても対応することは無理です。
「診療加算」についても、「身体症状の緩和を担当する常勤医師」はまだしも、「精神症状の緩和を担当する常勤医師」なども条件となっており、一般病院にとっては高いハードルとなっています。
 つまり、吉澤さんが今求められているニーズに応えようといくら努力をしても、病院経営にとっては一銭の得にもならないということです。「ボランティア精神に支えられている」というのは美しい表現ではありますが、必要な仕事にはそれ相応の対価を支払うというのは当たり前のことです。それができていない日本の病院の現状というのは、お寒いかぎりと言わざるを得ません。
「本来は患者さんだけでなく、家族にも十分なケアをしなければならないと思うのに、それが十分にできない。結局ナースに過重な負担がかかって一時期、大量に辞められて病棟閉鎖に追い込まれたこともありました」

精神症状の緩和を担当する精神科医のお寒い現状
 向山さんも一般病院で緩和ケアを実践する難しさを指摘します。
「どうやれば痛みが取れるか、それはがんの種類によっても違うんです。呼吸困難の場合、抑うつ症状の場合、精神的に不安定な状況になった場合、複数の症状が同時に出ていることもある。それに対応するには高い専門性が求められるわけです」
 精神科医の立場から和田秀樹さんは次のように言います。
「実際に緩和ケアにあたることができる精神科医がどれだけいるんでしょうか。精神科医と言っても9割以上が生物学的精神科しか勉強しておらず、実際のカウンセリングのトレーニングをまともに受けたことさえないのがほとんどです」
 ただでさえ緩和ケアの現場に精神科医が足りないと言いながら、カウンセリングができない精神科医ばかりだというのですから、我々患者としては言葉もありません。
「最近になってようやく、慈恵医大の学生さんにうちの病院に来てもらって緩和ケアの実践の中で学んでもらうというプログラムを始めたところです」
 肝心の医療現場のニーズに合わせて医療供給体制が構築され、医師や看護師が養成されることが求められているはずなのにそうなっていない。さまよえる末期がん患者さんの実態から日本の医療の病巣が見えてきたような気がします。

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