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コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2006年 3月号
西洋医療の成果を踏まえ、限界や見失っているものを補っていくことが必要

末期がんの患者は藁にもすがる思いで健康食品に飛びつく
 藁にもすがりたいというのが、末期がん状況に追い込まれた患者さんの偽らざる心境でしょう。書店にはアガリクスが効いた、メシマコブでがんが治った、温泉で奇跡のがん治療などという本がたくさん並んでいます。その一方で、そういう本を出版していた出版社の社長が逮捕されるというニュースもありました。
 どれが本当の情報なのか、どれが人の弱みに付け込んだ悪徳商法なのか、私たちは何を基準に見極めればいいのでしょうか? 今回はがん治療における代替医療を積極的に推し進める東京衛生病院健康増進部長の水上治医師と、代替医療を進めるにはまだまだ克服すべき課題がたくさんあると主張する山王病院呼吸器センター長の奥仲哲弥医師の討論を通じて、今の問題点を浮き彫りにしました。
 岡信子さん(65)は6年前にスキルス性胃がんが腹膜まで転移、胃の全摘出手術を受けました。今は顔色もよく、健康そのものという状況になっています。水上医師の代替医療のおかげだとして岡さんは次のように語ってくれました。
「あの時は、もうあと何カ月の命かと思いました。でも手術を受けた後、アガリクス、サメの軟膏エキス、ビタミン剤などを先生から勧められて飲み続けました。そしてその後、どこにも転移もなく、今はこんなに元気になりました」
水上医師は言います。
「外科からはもって1年くらいかなと言われていました。西洋医学では手術、抗がん剤治療、放射線治療くらいしか手がありませんから、健康食品を試してみたわけです。正直、どこまでもつだろうかと思っていたのですが、今もこんなにお元気なわけですから、治癒の方向に向かったことは間違いないですね」
 これに対して、西洋医学の立場から奥仲医師が反論します。
「スキルスがんのステージ3の患者さんでも補助療法などしなくても5年生存する人はいるんですね。ですから、岡さんだって実は何もしないでもお元気になっていた可能性もあるんです。健康食品が効いたと断言することはできないと思いますよ」
 水上医師も西洋医学の医師であることには違いはなく、その点についてはあっさり認めました。
「確かに健康食品がほんとうに効いたのかどうかというエビデンス(証拠)を得るのはとても難しいことは認めざるをえませんね。何もしなくても元気な人ってほんとうにいますしね。効いたか、効かなかったか、実はよく分からないというのが現状です」
 そんな科学的に効果が実証されていないあいまいな健康食品でも、患者はまさに藁にもすがる思いで飛びつきます。保険診療で認められた薬ではありませんから、患者は多額の出費を余儀なくされてしまいます。岡さんも月に15万円も使っているといいます。
 これに対して奥仲医師は次のように言います。
「抗がん剤の弱点というのは効果が50%あれば副作用も50%あるということです。ところが代替医療は副作用が抗がん剤などに比べるとはるかに少ないですから、飲んでいても少なくともあまり害にはならないだろう。ですから患者さんの責任によって飲みたければ飲んでください、ということなんじゃないですか? これは一種の保険と考えればいいと思います。高いお金を払って、それで安心を買っているんだと思えばいいんじゃないでしょうか」
 それにしても西洋医学の世界は薬ひとつひとつにも厳しい品質管理が行われているのに、どうしてその外はこんなにあやふやなことになっているんでしょうか。水上医師は言います。
「それは業者の人々の努力不足と思いますよ。無作為比較試験をやって、きちんとした臨床試験をパスするものが本来は選ばれていくべきなんですよ。それがありませんから、私は自分のこれまでの臨床経験の中からある程度、手応えを感じたものを選んで薦めているんです」
 奥仲医師は代替医療に対する医師の理解不足を指摘しました。
「私は今日はあえて西洋医学的立場からの課題を提起しているんですが、基本的には代替医療に否定的ではありませんから、患者さんが何を飲んでおられるのかの情報だけはもらうようにしています。しかし、『サプリメントとかそういうものを絶対に飲むな』とはっきり言う医師もいるんですね」

病気を治すのが第一か、いのちの質を高めるのか医療の根源が問われる
 最近は、ある程度注目されてきたとはいえ、代替医療そのものをいかがわしいものだとみる医師の方が多いというのは実情でしょう。現にいかがわしいものも混じっているという現状からすれば、やむを得ない側面もあるでしょう。でも、手探りながら代替医療も実践している水上医師が書いたグラフは、問題の本質を突いていました。
 末期がんの患者さんが西洋医学だけに頼っていた場合は、生活の質はどんどん下がっていきます。たとえ抗がん剤が効いたとしても、直線的に下がっていきそのまま最期を迎えます。しかし、代替医療も統合的にうまく使った場合は、なだらかにゆっくりと下がっていき、最期の局面にきて一気に下がって亡くなるという曲線を描くのです。
 いわゆるピンピンコロリに近い死に方です。重篤な病状ではあっても最後の最後まで、快適に暮らし、亡くなる苦しみは最小限にできるということです。生活の質を最優先する終末期の迎え方ですが、自分がもし末期がんと言われたら、私は迷うことなくこちらを選ぶことでしょう。そもそも直線的に具合が悪くなっていく途上で行う西洋医学の処置にいったい何の意味があるのでしょうか。
 抗がん剤投与にしても、放射線治療にしても、患者にたいへんな負担がかかることは間違いありません。がんは小さくなるかもしれませんが、肝心の体のほうが弱ってしまいます。そのことによって死期を早めてしまうことは、日常的によくあることです。
 この議論はそもそも医療とはなんのためにやるものなのかという根本的な問いかけにつながるものではないでしょうか。病気を治すことが第一なのか、いのちの質を高めるためのものなのかということです。西洋医学が果たしてきた偉大な成果は踏まえながらも、その限界に真摯に目を向け、西洋医学が見失っているものを補っていくことが今の医療に最も必要なことではないかとあらためて実感しました。

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