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副作用がなくQOLの維持とがんの進行抑制に効果
番組ではこれまで西洋医学以外の相補・代替医療ががん患者にとって大きな効果を表すこともあるのではないかという視点で、いろいろな療法や試みについて検証してきました。
今回は西洋医学の枠内でありながら、新しいがんの治療法として注目されている免疫細胞療法を取り上げました。
免疫細胞療法とはがん細胞を直接たたくのではなく、体の免疫力を高めることによってがん細胞に打ち勝とうというものです。
患者の、がんに対抗する免疫細胞、その中心となるTリンパ球を体外に取り出して、培養しながら刺激を与えて活性化させ、数を増やして再び体に戻します。
抗がん剤に比べ、がんそのものを縮小させる効果ははるかに及びません。しかし、副作用がないために、QOL(生活の質)を維持するのに効果的で、長期的に見るとがんの進行を抑える効果が期待できるということです。この療法を考案したのは、東大名誉教授で日本免疫治療学研究会会長の江川滉二さんです。
江川さんは自らががん患者として病院に入院したことがこの療法を開発するきっかけとなったといいます。
「大勢のがん患者と枕を並べて抗がん剤治療を受けることになりましてね。抗がん剤治療の現状を見ることができました。こういうものではない治療法の必要性を痛切に感じましたね」
がんの主な治療法は外科手術、放射線、抗がん剤の3つです。体に直接メスを入れる外科手術に比べると、放射線や抗がん剤治療は体に優しい治療だと思われがちです。副作用はあってもメスを入れるよりはましだから、副作用自体はやむをえないものとして我慢しなければいけない。そう思っている医師も多いでしょう。
しかし、この副作用というのは体験してみなければ分からないほどの激しい苦痛だといいます。副作用の激しさによって体力が消耗して抵抗力がなくなってしまい、そのことによって逆に死期を早めることも珍しくはないようです。江川さんも患者の立場になって初めてそういった抗がん剤の現実を体感したというわけです。
進行がんにおいては、がんと抵抗力の関係を慎重に見極める必要があります。つまり、抗がん剤でがんを攻撃すれば、全身の抵抗力は落ちてしまいます。一方、免疫療法は抵抗力をつけることはできますが、がんそのものを小さくすることはできません。がんを攻撃しながら、抵抗力をつけることができればそれがベストです。そこで江川さんは、免疫細胞療法は単独で行うよりも抗がん剤など他の治療と併用するのがいいといいます。
専門家が少なく医学界の評価は必ずしも高くない
最近は医療におけるエビデンス(治療の正当性を裏付ける根拠)が厳しく問われます。この療法にははたしてエビデンスがあるのかどうか。その点について、江川さんは免疫細胞療法を併用した患者と併用しなかった患者を比較したデータを提示して説明してくれました。若干ではありますが、統計学上の有意な数字が出ていました。ただ、この数字だけでエビデンスがあると結論づけることは難しいようです。そもそもQOLが向上したという患者の実態はデータ化しにくいことを考えると、評価方法についてはまだ工夫が必要なようです。
この免疫細胞療法は一時、奇跡の治療法などともてはやされ、脚光を浴びました。しかし、その後の医学界における評価は必ずしも高くありません。そのために未だに健康保険適用に至っていない状況が続いています。この療法さえ行えれば副作用もなく、がんがきれいに治るというようなイメージが先行したことがかえってマイナスに働いたのかもしれません。
癌研有明病院院長の武藤徹一郎さんは次のように解説してくれました。
「私はもともと外科医ですが、外科だけですべて治るなんて思っていません。そういう意味で私は免疫療法は魅力的だと思っています。しかし、当初の期待ほどに広がらないのは、江川さんのようなきちんとした専門家が少ないことがありますね。それとともに、免疫療法を行っている多くの施設は、ここでほんとうに大丈夫かなと思わざるをえないようなところが多いんです。信頼性に問題があるんです」
この点については江川さんも同じ考えでした。
「免疫療法をやろうと思うことはできても、実際にやるのは難しいんです。治療自体は安全なものですが、免疫細胞を一時は体の外に取り出して、処理をした上で体に戻すわけです。無菌で操作をしなければいけないし、作業手順も間違えてはいけない。臨床の医師が片手間にできるようなものではないんですね。その専門家も少ない中で一般の医療機関の現状を見ると、十分な態勢ができているとは言い難い。今のところは主立った事故の報告はありませんが、一つでもそういう事故が起きてしまうと、すべてが否定されてしまうことになりますからね」
この治療法は保険が適用されず高額な治療費がかかる
今はクリニック単位で小規模にやっているだけですから、限界があるようです。大学病院全体で取り組むことにでもならなければ一般化は難しいでしょう。武藤院長も「本来は大学病院で基礎や臨床の医師がチームを作って、プロジェクトとしてやるのがいい」と言っていました。
しかし、考えてみればがん治療の最前線である癌研病院の院長が「魅力を感じる」と話しているのです。それなら大学病院でなくても自らの病院全体でやってみようということにならないのでしょうか。聞いてみました。
「現場の医師たちはこの免疫療法をクールに見ていますね。彼らは自分たちの科学的な治療法の有効性を信じていて、それ以外のものには関心がないんですね」
新しい治療法が認知されるためには越えなければならない壁がたくさんあるようです。その最大のものは医師の意識ではないでしょうか。今でもこの療法を受けることはできますが、保険が適用されないために150万円くらいはかかってしまいます。藁にもすがりたいという末期がんの患者への選択肢として確立するために、一日も早く保険適用を認めるべきだと思いました。