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コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2006年 8月号
地方の中核自治体病院で医師不足のドミノ現象が起きて地域医療崩壊の危機

医師の大量辞職のあおりで患者急増した近隣病院に思わぬ影響
 今、地方の医療が崩壊しつつあります。地方の中核自治体病院がドミノ倒しのように次々と危機に陥っているのです。その主な原因は医師不足です。日本全体の医師の数は年々、増え続けています。例えば平成14年に26万2,687人だった医師が、平成16年には27万378人に、2年間で7,691人増えているのです。それなのに、医師不足が地域医療を崩壊させるほどに深刻化しているのはいったいどういうことなんでしょうか?
 千葉県山武郡地域の国保成東病院では今年3月、内科・泌尿器科の医師9人全員が退職しました。そのために入院患者を受け入れられなくなりました。
「よその病院への紹介状を書きますからと言われたんだけどね。困るよな」
「インスリンを使っているんだけど、今のがなくなったら、どこかまた、病院を探さなきゃならないんですものね」
 周辺住民はみんな一様に困惑の表情です。実はこの病院の医師大量辞職の原因を作ったのは、隣町の県立東金病院でした。
 東金病院では平成15年に23人いた医師が毎年辞めていき、18年には11人になっていました。そのために患者の治療が十分に行えなくなり、大量の患者が成東病院に移ってきたのです。今度は成東病院の患者が急増したことから、医師たちの勤務は過酷さを増し、多くの医師が辞職するという事態に陥ったのです。
 事態はここで収まらず、さらに近隣の国保大網病院、公立長生病院の患者が急増し、拡大しつつあります。まさに病院危機のドミノ現象です。
 山武郡の救急医療体制も根本から崩壊しつつあります。救急患者の受け入れ先がなくなってきているのです。救急救命士の今関太さんは窮状を訴えます。
「月の半分は受け入れ先の医師がいないというのが現状です。管外に搬送先を探さなければならないのですが、これも大変で1時間も現場に滞在させられたこともあります」
 東金病院の平井愛山院長も危機感を募らせています。
「30分も救急車を飛ばせば、病院がありますから、申し訳ないけど、周辺の病院にサポートしていただいていくしかありません」
 地域医療の崩壊という事態は想像以上に進んでいるようです。しかし、そもそもどうして、もともとの原因となった東金病院での医師離職が起きたのでしょうか? 平井院長は次のように解説します。
「もともと千葉県には医学部が1つしかなく、全体として3,000人くらい医師が不足しています。しかも千葉の東の端の方は東京と同じような意識で、東京ばかり見ていて、地域医療をどうするかという発想がないんです」
 確かに人口に対する医師の数を比べてみると、千葉県は人口10万人あたり146人で、全国のワースト3になっています。ベスト1の東京が264.2人ですから、半分近くということになります。しかも山武郡だけを見ると、わずか89人で、全国平均の190人を大きく下回っています。医師の過疎地域と言わざるをえません。
 ちなみにワースト1は埼玉県で、次が茨城県ですから、東京周辺県に同じような傾向があるようです。ただ、医師の人口比が多い方は東京に続いて、徳島県、高知県ですから、一概に地方が少なくて都市部が多いとは言えないようです。 
 平井院長が指摘するように、“千葉県の中の地方”だからこそ、余計に地域医療という発想が育ちにくいという側面もあるのかもしれません。いずれにせよ、地域による医師の偏在は大きな問題です。

新医師研修制度の導入も医師不足に拍車をかけた
 平井院長は、導入されたばかりの新医師研修制度も医師不足に拍車をかけたと指摘します。
「卒後臨床研修が義務化されたことに伴い、これまで大学の医局が医師を派遣していたシステムが崩壊しました。そして、研修先病院も研修医自身の選択に委ねられることになりました。すると、みんな県庁所在地などの都市部を選ぶようになったんです。これまで我々のような病院は大学が人を送ってくれるものと思ってやってきましたから、急に断ち切られたようなカタチになってしまって、混乱しているのです」
 大学の医局に頼りきって、地域の医療機関として独自の医師養成を行ってこなかったツケが回ってきたともいえそうです。
 病院を辞めた医師は他の病院で勤務するよりも、自ら開業の道を選ぶ人が多いようです。日本病院会副会長の村上信乃氏は言います。
「全国で年間5,000人以上の医師が勤務医を辞めて開業します。勤務医は労働条件が過酷だし、医療事故へのストレスもある。それに比べれば、ビルの中で開業したら9時から5時の勤務でラクだし、収入もいいと言うんですね」
 そもそも開業医に有利に作られている診療報酬体系がそういう傾向を助長しているようです。ただ、ラクで儲かればいいと思うのは人としてはやむを得ないことかもしれません。しかし、人の命と向き合う医師が損得勘定で発想をするというのは、いかがなものでしょうか。私は情けない気がしてなりません。和田秀樹さんは医学部教育の問題点を指摘します。
「地域医療をやることがかっこ悪いかのような医学部教育がいまだに行われていることも大きな問題じゃないでしょうか。医師の選択は経済的な問題だけで行われるべきではありません」
 平井院長は怒りに震えながら訴えました。
「地域に踏みとどまって懸命に頑張っている我々がどんな思いで地域医療を支えているか。千葉市内で働いている医師たちに全員経験してほしいですね」

地域の医療機関が有機的に連携し合う“病院群”の発想を
 地域の医療崩壊という現象は地域に住む住民にとってみれば大問題です。ただ、大きな目で見れば、実は今、病院のあり方そのものが再編されていく過程にあるのかもしれません。そうであるならば、和田さんも提案しましたが、地域の医療機関が有機的に連携し合い、「病院群といった発想を持つ」ことも解決策の一つです。
 いずれにせよ、そういった医療のあり方についての将来ビジョンを明確に示すことがないままに事態が進行していけば、不安感だけが増幅されていくことになってしまいます。その役割を果たすべきなのが政治だと思うのですが、政治が機能しているとは全く思えないのは私だけでしょうか。

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