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これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2006年 9月号
進む研修医の大学病院離れ、新しい医療システムや医師供給体制の確立が急務

卒業後、2年間の臨床研修を義務化した新医師研修制度
 改革の副作用か、一時的な弊害か、それとも改革そのものが間違っていたのか。2年前に導入された新医師研修制度が医療現場に大きな問題を起こしています。病院崩壊につながり、さまよえる医療難民激増の原因にもなりかねないこの問題を検証しました。
 平成10年、寝る間もなく働き続けることを余儀なくされたある研修医が過労死するというショッキングな出来事が起きました。この一件が大きく伝えられたことがきっかけとなって、研修医の現状がクローズアップされることになりました。
 制度の施行以前、大学の医学部を卒業した医師の多くはその大学病院で臨床研修を受けていました。この研修はあくまでも努力義務にすぎなかったために、キチンとした身分保証もされずに、安い給料で過酷な労働を強いられていました。研修医の多くは民間病院でのアルバイトで生活費を捻出していました。素人同然で、しかも疲れ果てた研修医が当直医として、地域の夜間の救急医療を担っていたのですから、今から考えると空恐ろしい気がします。
 この問題は国会でも大きく取り上げられ、新医師研修制度が導入されました。これにより、医学部卒業後、2年間の臨床研修は義務化され、月の報酬も30万円くらいは保証されるようになりました。また、スーパーローテートといって、いろいろな科を回っていくことになりました。それまでは大学病院の医局に残って研修を受けていましたから、その科の研修しか受けないという例が多く、総合的な力を持った医師は育ちにくい環境でした。それが研修期間の中でいろいろな科を経験することにより、プライマリケアの基礎的な診療能力をつけることができるようになりました。

研修先病院として大学病院より大都市の大病院を選択する傾向
 この制度導入にあたって尽力した東大附属病院総合呼吸センター長の北村聖氏は「それまでは研修医を労働力とみていたわけですから、昔の制度に比べて格段によくなったことは間違いありません」と、改革そのものの正当性を強調します。
 ただ、研修医の待遇改善を最優先した改革だったことが裏目に出たのではないかと思われる点もありました。研修先の病院を決めるのに研修医自身の気持ちが十分に考慮されることになりました。その結果、大学病院は労働力の一部として重宝していた研修医の多くを失ってしまったのです。
 これまでは地域の病院には大学の医局から医師が派遣されていました。それにより、大学は提携先の病院に大きな影響力を行使してきました。医局支配といわれた構図です。その頂点に君臨する医学部教授の権限は絶大でした。ドラマ『白い巨塔』で描かれた世界はずっと残っていたのです。医局支配は打破すべき旧弊であることは衆目の一致するところでした。しかし、実はこの医局制度が地域の医療を守る役割も果たしていたのです。
 新医師研修制度では研修医療機関については研修医自身が希望を出し、受け入れ先とのマッチングができた段階で決定することになりました。すると、研修医たちの多くは大学病院よりも一般病院を選びました。特に大都市の大病院を選択する傾向が強まりました。これが人の流れを大きく変えることになったのです。
 和田秀樹氏はその原因を次のように指摘します。
「大学病院でいろんな科を回っていってもいいんですが、研修医にとっては高度すぎるんです。それよりもプライマリケアを学ぶためには地域に根ざした病院のほうがふさわしいんですね」
 普通なら若い医師が行きたがらないような地方の病院でも、医学部教授の命令によって医師は強引に送り込まれていました。サラリーマン以上に階層社会といわれる医師の世界では、教授の命令に背くことは絶対に許されないことでした。
 ところが新医師研修制度はこの医局支配の構図そのものを破壊することになったのです。大学病院の研修医は「ほぼ半減した」と北村氏は言います。

大学医局に頼らず独自の臨床研修体制の病院に希望者が殺到
 医師不足に陥った大学病院は各地域の病院に派遣していた医師を呼び戻しました。医師をいきなり引き揚げられた地域の病院は、一気に医師不足になりました。そのために病院に残った医師たちの労働条件が悪化し、彼らもどんどん辞めて開業し始めたのです。まさに崩壊のドミノ現象です。
 しかし、地方の中核病院の多くが医師不足で悲鳴を上げている中で、よく見ると問題が及んでいない病院もあります。千葉県東部はドミノ現象が起きているのですが、その中にありながら、国保旭中央病院は「我関せず」と余裕の表情なのです。
 近隣の病院が医師派遣をめぐって千葉大学医学部に振り回されているのに、旭中央病院は影響を受けていないといいます。研修の希望者が常に殺到し、人材不足とは無縁なのです。それはこの病院がもともと大学に頼らないで、「独自にスーパーローテートなど卒後臨床研修を体系的に行ってきたからではないでしょうか」と、村上信乃名誉院長は胸を張ります。
 今、現実化している混乱を前にして、「かつての医局支配に戻そう」「卒後臨床研修は義務でなくてもいい」……などという後ろ向きの議論になることはいかがなものでしょうか。「全国医学部長病院長会議」では「このままでは地域医療が崩壊する」として、新医師研修制度自体の見直しを求める声が出ています。研修医の待遇改善と医師の質の向上を目指して導入された新医師研修制度が、今や地域医療を崩壊させる諸悪の根源とされているのです。
 北村氏は主張します。
「医局がやっていた医師の人材派遣業をやめてしまおうとしたことは間違っていません。ただ、それに代わって地方に医師を正当に配置するシステムを作ることが立ち遅れているんです。それとともに、病院も医師を派遣してもらうというこれまでの発想を転換し、研修医に選ばれる病院を目指していくべきではないでしょうか」
改革は後戻りさせてはなりません。改革のプロセスには痛みも伴います。今、求められていることは時計の針を元に戻すことではなく、新しい医療のシステム、医師供給体制を確立していくためにやるべきことを確実に実践していくことなのではないでしょうか? 村上氏も言います。「今は苦しいけど過渡期なんですよ」

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