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療養病床を6年間で38万床から15万床へ削減に“改悪”の声
先の国会で医療制度改革関連法が成立しました。改革のための法律が出来上がったはずなのに、医療の現場からは「むしろ改悪だ」と怒りの声が上がっています。特に現在38万床ある療養病床を6年間で15万床に削減する方針は不評です。「現場を知らない厚生労働省の役人が頭で作った法律だ。これにより行き場を失う医療難民が激増する」と心配されているのです。
そもそも療養病床削減の方針が打ち出された背景には、医療が必要でないのに入院を続けているいわゆる「社会的入院」が入院患者の半数に及んでいるという現実がありました。厚生労働省の老健局の桑島昭文さんは言います。
「本来は福祉系施設で受け入れるべき人を医療の世界で引き受けていたんですね。その中で、薬漬けなどさまざまな問題が起きていました。介護保険が始まって6年経ち、そろそろ役割を明確に分けていこうと。その方が療養環境も良く自己負担も少なくなるんです」
確かに介護保険制度の導入そのものが社会的入院を解消させることにあったはずでしたが、なかなか思うように進まないというのが現状でした。それを今後6年かけて、数値目標を示し、断行していくということのようです。大きな方向性としては間違っていないように思えますが、いったい何が問題になっているのでしょうか?
「医療が必要ない」の区分1に残される意識障害などの患者
社会的入院とは「医療が必要ない」のに入院しているということですが、その「医療が必要ない」とはそもそも具体的にどういうことを指しているのでしょう? この議論の前提となった厚生労働省の調査そのものに問題があると全日本病院会副会長の安藤高朗さんは指摘します。
「医師の指示の見直しの頻度」について厚生労働省が行ったアンケート調査の結果があります。それによりますと、「ほとんど必要なし」が医療療養型で48.8%、介護療養型で50.1%。「週1回程度」がそれぞれ33.9%、32.9%でした。これを見ますと、医師が診る必要のない患者がいかにたくさん入院しているかという印象を受けます。そしてこれが社会的入院が解消されていない根拠とされました。
しかし、安藤さんは「医師の指示が変わらないからといって、医師が対応していないわけではない」と言います。確かに点滴をしていること自体が医療行為であって、点滴の中身を替えることだけが医療行為ではないはずです。
さらに、厚生労働省は診療報酬改定において医療区分1の点数を低く抑えることで、療養病床の老健施設などへの転換を誘導しようとしています。しかし、安藤さんはここにも大きな問題点があると指摘します。
医療区分3は人工呼吸器を使用するなどナースが24時間態勢で監視・管理をしなければならない最も重い症状です。医療区分2は脊椎損傷や気管切開など、3に準じる症状で、それ以外の症状の患者が医療区分1に分類されています。それぞれ区分ごとに診療報酬点数が決められており、区分が下がるにつれて点数も低くなっています。そして、この医療区分1がいわゆる「医療が必要ない」患者ということになります。
しかし、安藤さんは医療区分1の中に明らかに医療が必要な患者が入ってしまうと言います。たとえば「意識障害がある」「経管栄養を行っている」「頻回な嘔吐や発熱がある」「全身発疹がある」「インスリンの皮下注射を行っている」などです。
こういう患者は今後、病院ではなく老健施設に入るか在宅でということになるのですが、実際に老健施設でこのレベルの患者を診ることができるかどうかは疑問だというのです。
「老健施設では医師は24時間態勢でいるわけではありませんから、合併症が出てまた病院に戻らざるをえない患者さんも増えてくるかもしれませんね」
療養病床を出された患者の受け皿となる肝心の施設がない
支援センターあだちのケアマネジャー有坂フミ子さんも頭を悩ませています。
「尿の留置カテーテルをやっているだけで、もう福祉系施設には入れてもらえないんですよ。そうでなくても特別養護老人ホームはどこも入所待ちがいっぱいでなかなか入れないんです。結局、療養病床から出された患者さんを受け入れてくれるところがなくなってしまうのではないでしょうか」
かつてのような大家族だと在宅で病人の世話をするということは可能でしたが、今のように核家族化が進んだ状況では、介護をする家族の負担が大きすぎます。いくら訪問看護などのサポートを受けていても、「緊急時にどう対応すればいいか、不安がいっぱい」だというのが家族の生の声です。
有坂さんも言います。
「最近は老人が老人を介護する老老介護が主流になってきています。在宅介護といっても24時間サービスができるわけでもありませんから、地域のネットワーク作りが必要になってくると思うんですね」
10年前から「高齢者を地域で」をキャッチフレーズに、デイサービスやグループホーム、在宅介護に取り組んできた「サポートハウス年輪」の安岡厚子理事長も不安を口にします。
「療養病床を削減することで患者さんが地域に戻ってくることになるわけですが、肝心の地域にその受け皿がないんですね。仕組み作りが手付かずで、不安ですね」
厚生労働省の桑島さんは言います。
「今すぐにやれという話ではありません。今後6年かけてやっていけばいいんですから」
厚生労働省は「地域包括支援センター」を作って、介護予防事業、高齢者家族への支援、支援困難なケースへの対応を市町村ごとに整備していく方針だといいます。ただ、現場の有坂さんとしては6年間あるからだんだんやっていけばいいなんて悠長なものではないというのが実感のようです。
高齢化社会がさらに進む中で、医療費増大を抑え、国民全体が納得できる医療福祉のシステムを作るためには、病院再編というのは必然の流れと言わざるをえません。ただ、たとえマクロ政策が間違っていなくても、生身の病人を相手にするわけですから、数合わせが先にありきで再編作業を加速すると現場が混乱するだけです。現実に即したキメの細かい対策がなによりも求められているのではないでしょうか。