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これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2006年11月号
一般病床、療養病床、介護老人保健施設を併せもつ複合型システムの危機

転院を余儀なくされたパーキンソン病患者はその後も転院続き
 2年半前に始まったこの番組で「さまよえる医療難民」をシリーズで放送するきっかけを与えてくれたのは、世田谷に住むパーキンソン病患者の黒田さんでした。難病の老人が病院たらいまわしといえるようなカタチで、転院に次ぐ転院を余儀なくされるのはいったいなぜなのか。そこから現代医療の抱える問題点とその解決策を探るべく追究してきました。
 取材を継続している間に状況は改善するどころかますます悪くなる一方で、今後さらに激増する危険性さえはらんでいます。今回、私たちは取材の原点ともいうべき黒田さんの今に改めて焦点を当てることにしました。
 黒田さんは私たちの取材後も転院を繰り返していました。3年間で7つの病院、そして自宅を12回も転院したことになります。幸い今は症状も安定しており、特別養護老人ホームに入所していました。ただ、どこの施設も満杯で入所待ちの人があふれている中で、ここに入所することができたのはラッキーだったようです。
「娘さんがかなり積極的に動かれる方で、必死の訴えが功を奏したんでしょうね。また、この施設は新しく、料金も高いのですが、経済的に大丈夫だったから入所できたんでしょうね」
 ケアマネジャーとして相談に乗ってきた有坂フミ子さんは言います。しかし、症状が急変した場合にはまた急性期の病院に運ばれ、ここを出て行かざるをえません。しかもパーキンソン病を抱えた高齢の患者が運ばれてきたら、長期化することは目に見えていますから、受け入れを嫌がられるかもしれないというのが現実のようです。
 さらにいったん施設を出てしまえば、空きを待っている次の人が入所してきますから、もう一度そこに戻ってくるのは容易ではありません。また、病院放浪が始まってしまいます。やっとの思いできれいな施設に入所できても、それは一時的な安らぎにすぎないのです。
 黒田さんの娘さんも「これから先の不安の方が大きいですね」と顔を曇らせます。進行性の難病の母親を抱えながら、常に次の病院を探し続けなければならない娘さんの負担は想像を絶するものがあります。

神経内科専門医の的確な治療により症状が改善した
 黒田さんの病院遍歴をあらためて整理してみると、新たな事実に気づきました。3カ月を最大に次々転院させられている中で、230日もの間、入院を受け入れてくれた病院がありました。しかもそこで症状が改善し、特別養護老人ホームに移ることができたのです。その関川病院を訪ねてみるとその秘密の一端を垣間見ることができました。
 そこは一つのビルの2つのフロアごとに一般病棟、医療型と介護型の療養病棟、それに介護老人保健施設と分かれていました。すなわち、患者さんの症状の改善具合により一般から療養型へ、同じビルの中で“転院”できるようになっているのです。そのおかげで黒田さんはいちいち転院先の心配をすることなしに、かなりの長期にわたって治療を継続してもらえたのです。
 ただ、和田秀樹さんは次のように指摘します。
「こういう複合型の病院の中には社会的入院患者を自分の病院の中でグルグル回すことによって、利益を上げているタチの悪い病院もあります。そこで行われている治療内容の質の評価システムが必要なんですけどね」
 治療内容の質といえば、かつて黒田さんは一般病棟から療養病棟の病院に転院したことによって一気に症状が悪化したことがありました。関川病院で同じことが起きなかったのはどうしてなのか疑問に思って調べてみると、全く別の要因が浮かび上がってきました。
 実はこの病院の塩澤瞭一理事長は元虎の門病院の院長で、神経内科専門の名医だったのです。薬のコントロールがうまくいったおかげで、黒田さんの症状は改善していたようです。塩澤先生は言います。
「黒田さんのパーキンソン病は軽度で、病院で寝ていなければならないほどの状況ではなかったんです。ただ、認知症が同時に出てきてしまったために、在宅だけでは難しかっただけなんです」
 私は黒田さんのパーキンソン病が軽度だったと聞いて愕然としました。これまで転々としてきた病院では誰からもそんなことを言われたことはありませんでした。手に負えない進行性の難病だからといって、まともな治療もされずに転院を繰り返してきたのです。
「私はただパーキンソン病の患者さんをたくさん診てきたからですけどね」
塩澤先生は控えめなお人柄ですが、神経内科の専門医が少ないことの問題点も期せずして浮かび上がってきました。塩澤先生の的確な治療を受けたことによって、黒田さんは傍目にもはっきり分かるほどしっかりした顔つきに戻っていたのです。有坂さんも言います。
「ご本人を前にしてなんですけど、塩澤先生だからこそということは言えると思うんですね。一般病床か療養病床かということよりも、専門医がいるかどうかで予後が全然違うんですね」

数値目標ありきの医療の質を抜きにした議論を進めるのは危険
 黒田さんは塩澤先生に出会ったことでどれだけ救われたことか、娘さんも「いのちの恩人」だと感謝していました。しかし、こういった塩澤先生のようなやり方も危機に瀕しています。つまり、医療制度改革で決められたとおりに療養病床38万が15万に減らされると、この関川病院のシステムも維持できなくなってしまうのです。塩澤先生も不安を口にします。
「病院と老健施設の交流も難しくなってしまいますよね。そうすると患者さんには出ていってもらわなければならなくなってしまうんです」
 有坂さんも思いは同じです。
「療養病床がクッションになっていましたが、そこがなくなると医療が必要な患者さんが出されてしまう。すると治療がもっと長期化することになってしまうんです」
 厚生労働省が医療制度改革によって、病院の有り様をマクロ的視点から変えようというのは間違っていないと私は思います。しかし、数値目標先にありきで医療の質を抜きにした議論を進めることは危険です。良心的に行っている医療までも、一様に踏みにじられてしまうことになってしまえば、それは失うものの方がはるかに大きいと言えるのではないでしょうか。

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