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これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2006年12月号
4月から始まった「療養通所介護」、施設は全国でまだ25カ所、さらに理解を深める必要がある

中重度の障害を持つ在宅の患者と家族をサポートするサービス
 「療養通所介護」って知っていますか? 分かりにくい言葉で、イメージがつかみにくいと思いますが、介護と医療の双方が必要な患者さんとその家族をサポートする在宅支援サービスです。今年4月の診療報酬改定で認められた新たな仕組みです。モデル事業を経て始まったばかりですが、医療難民対策として充実したものとなるかどうか、検証してみました。
 私たちが取材をしたのは愛媛県松山市の東松山病院に併設された療養通所介護のための施設「レスパイトハウスいこい」です。訪問看護ステーションに隣接しており、中重度の障害を持った在宅患者を日中だけ預かります。ここでは制度化される4年前の平成14年から実験的な試みとして行ってきました。
 患者の玉井さんは8年前に脳幹出血で倒れ、一命は取り留めたものの全身麻痺のままに入退院を繰り返し、今は在宅で療養中です。気管切開をしているために1時間に数回の痰の吸引を必要とします。
 訪問看護師の介助のほかは吸引なども含めてすべて奥さんが面倒をみています。介護をしている家族の負担を少しでも減らしてほしい。そんな願いに応えるべく始まったのがこの仕組みです。安藤眞知子所長は言います。
「重度の患者さんの訪問看護をしているうちに、これだけでは限界があるなと思ったんです。主治医と連携を取りながら、私たちが中心となって支援できる体制を作ろうということになったんです」
 患者はナース自らがドライバーと一緒に車に乗って迎えに行きます。安全に病院まで運ぶことができるかどうか、ナースが患者の容体をチェックした上で、患者をストレッチャーで移送します。この日、玉井さんの奥さんは6時間だけ自由な時間を確保することができ、知人の葬儀に参列することができました。
 施設に到着した後、まずはジャグジー付きの風呂で玉井さんは全身を洗ってもらいます。風呂上がりは表情筋のマッサージです。これにより、唾液の分泌を促し、痰を出しやすくします。一瞬ですが、玉井さんがにこやかに微笑んだその瞬間をカメラは記録していました。在宅だけではなかなかここまでの支援は困難です。

ナースの力で映画館に出かけ映画を楽しむまで回復
 平成14年10月にサービスを開始した当時は目も開けられない状態でした。医師からは目は見えないと言われていました。しかし、QOLを上げるための支援を続け、ナースがきめ細かく観察しているうちに、玉井さんは目を開けるようになりました。そればかりか、その目で物を見てしっかりと理解していることが分かってきたのです。4カ月後にはビデオを目を開けてずっと見ていたといいます。1年2カ月後には映画館に出かけて映画鑑賞を楽しむまでになりました。
 さらに顔の筋肉が動くようになったことから、パソコンに挑戦することにしました。額に着けたセンサーで文字盤を操作しようというのです。物言わぬ玉井さんがどんな思いでいるのか、奥さんもコミュニケーションを取れる日を楽しみにしています。これらはまさに療養通所介護の成果ということができるでしょう。
 療養通所介護支援ネットワーク代表の当間麻子さんは言います。
「地道ではありますが、看護の原点といってもいい。ナースにとってはとてもやりがいのある仕事だと思うんですね」
 患者とその家族にとって、さらにナースにとってもいいことずくめのようなサービスですが、課題は少なくありません。まずは人手の問題です。訪問看護だけでも大変ですが、その患者を施設で預かるために送迎をしなければなりません。しかも医療ニーズの高い患者さんですから、無資格者だけでは動かすことはできません。玉井さんの場合もそうであったように、ナースが容体を観察しながらでなければなりません。当間さんは言います。
「訪問看護と療養通所を一体的に運営して重点的に人を配置しているんですが、やはり訪問看護の件数そのものも減らさなければならなくなってしまいますね。そもそも訪問看護師自体も不足しているんですから大変です」
 重症患者を病院まで移動させるというのは、普通の訪問看護師では難しいと指摘するのは精神科医の和田秀樹さんです。
「慢性期の患者さんを在宅でケアするのとは違いますね。医療的知識ももっともっと求められます。ICU並みの看護ができる人じゃないと移動中のリスクなどに適切に対処できないのではないでしょうか。観察するチカラがあるかどうかも重要です」
 当間さんは言います。
「確かにナース自身ももっともっと勉強しなければいけませんが、同時に一緒に働く介護職の人にも医療的な教育が必要だと思いますね」

例えば「メディカルショートステイ」のほうが分かりやすいのでは
 スタッフの数も質も上げなければいけないようですが、課題はそれだけではありません。今は介護保険におけるサービスですから、介護保険対象以外の小児や障害者には適応されません。当間さんは現状を訴えます。
「3歳で体重は3〜4キロしかない難病の子供さんがいらして、お引き受けしているんですが、持ち出しのサービスになってるんです」
 日本訪問看護振興財団常務理事の佐藤美穂子さんは主張します。
「これからは重度障害を持った患者さんたちにも対象を拡大していかなければなりません。それとともに介護報酬をもう少し高くしていかないと各施設は経営的には厳しいので、なかなか広がっていかないと思うんですね」
 サービスがスタートして半年ですが全国にまだ25カ所しかなく、しかも地域によってバラツキがあります。在宅医療を支えるこの新しい試みが広がっていけば救われる患者や家族がたくさん出てくるに違いありません。佐藤さんは「今年度中に200カ所くらいに増やしたい」と目標を語っていましたが、本音では「50〜60カ所くらいいけばいいかな」ということでした。
 まだまだ関係者への理解そのものが進んでいないこともあるようです。それは私には「療養通所介護」という不可解な言葉自体が足を引っ張っているような感じがしてなりません。例えば「メディカルショートステイ」なんていかがでしょうか? 言葉だけで課題が解決するわけではありませんが、理解を進めるには重要だと思うのですが……。

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