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コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2007年 1月号
医療制度改革の中、病院は新しい時代に向けたグランドデザインが必要だ

病院を新築移転し、快適な医療環境を提供したら赤字経営に
 過去3年間で120もの民間病院が破綻しています。まさに病院の危機を裏付けるような数字ですが、どこにその原因があるのかを探るために、枚方市の佐藤病院の佐藤眞杉理事長に話を聞きました。
 佐藤病院のある枚方市は人口40万人、大阪、京都のベッドタウンです。120床、地域の中核病院として地域医療を支えてきました。経営的にも黒字経営で、平成14年には患者にとってさらに快適な医療環境を提供しようと病院の新築移転を行いました。それをきっかけに確かに患者は増えました。ところが逆に赤字経営になってしまったというのです。
 医療の質と安全性を高めるために、大幅な設備投資を行いました。延べ床面積は2.4倍にしました。病室の圧迫感をなくすために、さまざまな工夫を凝らしました。テレビを天井からつるして、患者はベッドで寝たまま見ることができるようになりました。個室を増やし、シャワートイレも完備しました。患者が寝たまま入れる最新式特殊浴槽など、新たな高額の医療機器を購入しました。そのために職員の数も増やしました。
 日本医療機能評価機構の審査基準を参考に、療養環境の整備や患者サービスの向上を目指したといいます。その結果、外来患者は増え、患者の在院日数は減り、病床利用率も増加し、手術件数も増えました。
 それにもかかわらず赤字転落してしまったというのです。これまでは経常利益が9.9%の黒字だったのに、いきなり18.3%もの赤字になってしまいました。
 私はその話を聞いていて、「それは大変ですね」と同情するより前に、まずは大きな疑問を感じていました。通常、企業が新たな設備投資をするときは、当然のごとく収支バランスがどうなるかについて徹底的に試算をするはずです。
 患者のアメニティ向上を目指すのはいいですが、おのずと限度というものが出てくるはずです。ロビーに飾るために何億円もする絵を買いました、では、話になりません。まさかそんな贅沢はしていないとは思いますが、試算が甘かったのではなかったかとズバリ聞いてみました。
 すると、佐藤理事長はしばらく沈黙した上で苦しそうに次のように言いました。
「そう言われればそうと言わざるをえません。ただ、診療報酬がこんなに下がるとは想定していなかったんです」
 日本医療機能評価機構の審査基準に沿うように努力をした結果、逆に厳しい経営に追い込まれたというのも不思議な気がします。基準そのものに問題があったという思いもあるのでしょうか?
「評価基準そのものに問題はないと思います。しかし、その基準に従って病院を改善しても、財政的裏付けがないんですね。だから病院経営は逆に苦しくなってしまうんです」
 佐藤理事長はこう答えました。ただ「財政的裏付け」とはいったい何を意味するのでしょうか? 私には理解できませんでした。ホテルでもレストランでも3つ星を取ったからといって、特に財政的に支援されるものではありません。顧客の選別の指針となって、結果的にはビジネスに有利になるというだけのことです。病院の場合にはいい評価を得たら、補助金でも出してほしいと言っているのでしょうか?
「補助金ですか? う〜ん……。その点についてはぼんやり考えていただけで……」
 私はそれ以上、追及することをやめました。佐藤理事長を攻め立てて出口が見つかる話ではありません。ただ、少なくとも病院の経営というのは、一般企業の常識とは違い、かなり特殊な世界だなあという印象を私は持ちました。

併設の老健、訪問看護ステーションで本体の赤字を埋め合わせる
 医療の世界にはさまざまな規制があります。それが足かせとなっているという側面もあるのかもしれません。例えば、地域医療計画でベッド数は厳しく制限されています。設備投資をすると同時に大幅にベッドを増やすことができれば採算ベースに乗せられたかもしれません。大規模化することによって、経営効率を上げることだって可能なはずです。
 それなのに国の規制によって手足を縛られたまま、競争にさらされているとしたら、それは構造的問題といえるでしょう。私がこのことを持ち出すと佐藤理事長は「我が意を得たり」とトクトクと語ってくるだろうと思いながら、話を向けました。
 ところが驚いたことに佐藤理事長は、「地域医療計画は見直すべきではない」と言うのです。
「確かに120床というのは経営効率は悪いんです。でも、地域医療計画を見直していいとなると、際限なくベッドの数は増えていくでしょう。ただでさえ日本のベッド数は過剰と言われているんですから、むやみに増やすというのは問題だと思うんです」
 佐藤病院はもともと町の有床診療所として始まり、地域に密着して規模を拡大してきました。それが実は強みとなっていました。つまり病院本体は赤字になりましたが、老人保健施設、在宅支援センター、訪問看護ステーション、人工透析センターなどを併設していることから、トータルとしては赤字を埋め合わせることができていたのです。
 そういうこともあってか、佐藤理事長にはもっと激しい競争原理を導入して、その中で生き残りを図っていこうというような強い思いはないようです。できる限りこれまでどおりのカタチで続けていきたいというのが本音のようです。結局、求めていることは診療報酬を上げてほしいという一点に尽きました。そのように考える病院経営者は多いに違いありません。

膨大な設備投資をするこれまでのやり方では経営的に苦しくなる
 しかし、今後、高齢社会がさらに進み、医療費の急増を抑えることが喫緊の課題とされる中で、これまでどおりのカタチを維持することは可能なんでしょうか? 国はすでに医療全体のカタチを変えようと踏み出しています。病院の位置付けも見直し、統合再編をダイナミックに進めようとしています。
 病院再編の中では潰れる病院は潰れるか、統合されるか、機能を特化して生き残るかしかないはずです。それなのに、膨大な設備投資をしてこれまでどおりのやり方を維持しようとするならば、経営的に苦しくなるのは当然と言わざるをえません。新しい時代の病院界全体のグランドデザインが共有できていないことに最大の問題があると感じた次第です。

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