HOME > これまでの著書・コラム > NURSE SENKA

これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2007年 2月号
経営危機を訴える民間病院と赤字分が補助金で補填される公的病院の驚くような実態

官民のあいまいなすみ分けとその実態における格差
 全国9000の病院のうち、およそ2割が公的病院で、8割が民間病院です。公的病院と民間病院の違いというのは患者としてあまり実感することはありません。しかし、経営のあり方を見ると、驚くような違いが浮かび上がってきます。官が民を圧迫しているという典型的な事例がそこにあるのです。こういう実態を知ると、これまで放置されてきたこと自体、不思議な気がしてきます。民間病院の経営者たちからは、不公平に対する憤りの声と、経営危機を訴える悲鳴が聞こえてきます。
 26億8400万円。これは新宿の公的病院の一つ、大久保病院に平成15年度に支払われた補助金の総額です。公的病院は経営が赤字になると、補助金で補填されます。全国平均でも一つの病院に年間7億1400万円もの補助金が投入されています。民間病院もゼロということではなく、2次救急医療を担当することで補助金は出ますが、約3300万円にすぎません。補助金に20倍以上の開きがある中で、同じ土俵で競争をさせられるのですから、民間病院が怒るのも当然でしょう。
 公的病院はあらゆる点で経営的には恵まれています。病院の建築費も土地代も不要、施設・設備には補助金が出され、税金は非課税、しかも赤字分は補助金で補填されるのです。もちろん民間病院ではそのすべてが自己負担です。
 1床あたりの建築費を比較してみても、自治体病院が2126万円、国立病院が1609万円、それに対して民間病院は704万円(国土交通省統計等)と大きな開きがあります。民間病院が自己資金や銀行借入などで賄わなければならないのに対して、公的病院は自己資本の他に補助金や債券発行に頼ることができるからです。
 どうしてこういうことになっているのかについて、大久保病院の関口令安院長は次のように解説します。
「公的病院が資金的に恵まれているのは、我々が政策医療をやらなければならないからです。救急医療、ホームレスなどの患者さんへの医療、エイズなどの感染症、災害医療など、採算ベースには乗らないような医療を行っているからです」
 しかし、これに対して民間病院側は反論します。大阪の北摂総合病院の木野昌也院長は言います。
「政策医療を公的病院がやるからなんて言っていますが、私たち民間病院だって同じようにやっていますよ。例えば災害医療だって、地域の医師会の先生方と一緒になって、態勢づくりをやっているんです。全く差はないんです」
 木野院長はむしろ民間病院の方が公的病院が見放した患者を診ているという逆転現象さえ起きていると言います。
「数年前から公的病院も独立行政法人化が進められて、経営を考えなければならなくなりました。その結果、採算が取れない結核や精神科などから撤退を始めており、行き場のなくなった患者さんを民間病院が受け入れているというのが現実なのです」
 日本病院会常任理事で、日本医業経営コンサルタント協会理事の梶原優氏も言います。
「だいたい官と民のすみ分けが間違っているんです。本来はセーフティネットを公的病院がやるべきなのに、そうなってない。急性期医療を官がやって、療養型などコストのかかる患者が民間に流れているんです」

ナースの年収に大差民間約600万円に対し公的病院は約750万円
 公的病院と民間病院の違いで顕著なのは人件費です。医師の年収はあまり変わりませんが、ナースの収入には大きな差があります。民間病院が平均年収約600万円なのに対して、公的病院は約750万円です。特に驚くべきなのが公的病院の准看護師の給与です。彼らの平均給与は民間病院の看護師よりも高くなっているのです。長く勤務すればどんどん給与が上がっていく公務員の給与システムがゆえにそのような事態となっているのです。
 木野院長は言います。
「公的病院のナースの給与が高いというよりも、むしろ民間もそれに合わせて上げるべきなんですよ。でも、残念ながらそれだけの余裕がないというのが実情です。我々の病院でも医療費の6割が人件費です。医療費を下げるということは人件費を下げるということなんですよ。良いサービスを提供するためには、医療関係者がハッピーでなければならないと思うんですが、実際に進められている政策はその逆ですね」
 ちなみに大久保病院の人件費率は72%です。人件費を圧縮する努力をしなくても、最後は補助金で穴埋めされるわけですから、苦労はないのでしょう。和田秀樹さんも怒りの声を上げます。
「そもそもサービスに見合った給料が支払われるべきです。民間病院のナースの方が公的病院よりも愛想もいいし、頑張ってるって僕なんかは思うんですよ。それなのに給料が低いというのは納得できないですよ。だいたい民間病院の声というのはこれまで政治の中にあまり反映されてこなかったですね。診療所の集まりである日本医師会に比べて政治力が弱かったことも原因なんじゃないでしょうか?」

病院を辞めて儲かるビル開業が増えることも問題
 民間病院の声を取りまとめるべき日本病院会の常任理事を務める梶原氏も同じ思いのようでした。
「昔の開業医というのはそれなりに地域のセーフティネットになっていたんですね。土地を買って、家を建てて、投資をして、地域の住民の安心を支えていた。言ってみれば交番みたいな機能も果たしていたんです。ですから、診療報酬上でも、少しは上乗せしてきたわけです。ところが最近は病院を辞めてクリニックを始める医師はたいがいビル開業です。5時になったら、鍵を閉めて帰ってしまう。地域の救急医療の支えにもならない、セーフティネットになっていないんです。
それなのに今も診療報酬上での優遇は行われているから、病院から医師が辞めてどんどん開業していく。去年1年間で6380人が辞めたんです。そういうしわ寄せがあらゆるところに出ているんですね」
 確かに民間病院が公的病院の圧迫を受けて四苦八苦している中で、楽で儲かるビル開業が増えていくのは問題です。小泉構造改革というのは官から民へという大きな流れを進めようというものでした。しかし、病院の世界においては、未だに整理されずに矛盾が放置されたままになっているようです。

» コラム一覧へ

リンクサイトマップ