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看護師に比べ女性医師の待遇改善が取り残されている
医師不足が深刻化して医療現場では猫の手も借りたい忙しさにもかかわらず、女性医師が職場を離れる傾向に歯止めがかからないといいます。その結果、女性医師の数が増えれば増えるほど医師不足が進むという矛盾した現象が起きているのです。
2005年の医師国家試験の合格者は3分の1が女性でした。ここ数年男性医師は毎年100人ずつ減り、女性医師は300人ずつ増えています。
しかし、06年7月に厚生労働省がまとめた「医師の需給に関する検討会報告書」によりますと、女性医師は国家資格を取得した後、結婚、出産、育児といったライフイベントに合わせて、就業率が低下していきます。そして11年後、医師としてようやく脂が乗ってきた頃には、男性医師に比べて8割しか働いていないことが分かりました。
女性であるがゆえに出産などである程度、職場を離れざるをえない時期があることはやむをえません。しかし、実態をよく見てみると、驚くようなことが浮かび上がってきました。
育児をしながら都内の大学病院の整形外科で働く女性研修医の佐藤マイさんは言います。
「私は研修医なので、育児休暇がもらえないんです。自分の好きな分だけ休んでもいいんですが、復帰した時にはその前の研修分はカウントしますというだけ。とりあえず1年間はお休みしたんですが、ただ無給で休んでいるっていう感じでした」
佐藤さんの子供は1歳で、同じマンションに住む母親が面倒をみています。病院には保育所はありますが、利用できるのは看護師と事務職員だけで、医師の子供は預かってくれないのだそうです。同じ病院の中にある保育所で、そのような差別的対応があるなんて、にわかには信じられないような気もします。看護師たちに女性医師は意地悪をされているのでしょうか? 日本女医会前副会長の橋本葉子さんは言います。
「病院によって違います。でも一般的には信じられないかもしれませんが、我々の世界では“常識”なんですよ。看護師の世界ではかつて看護師不足が深刻になって、その対策として院内保育なども含めて待遇がずいぶん改善されました。しかし、女性医師はもともと数が少なかったこともあって、待遇改善には目を向けられずに取り残されてきたんです」
子供が小学生になりその面倒をみるため辞める人が多い
3人の子供の母親で、大阪医療センターで麻酔科医として働く渋谷博美さんは言います。
「私の病院の保育所では女医の子供も預かってくれますが、そうでない病院も多いですよ。そもそも保育所のある病院そのものも少ないんですけどね」
渋谷さんは下の子供が双子の未熟児だったこともあり、思い切って1年間の育児休暇を申し出ました。それはこの病院始まって以来、初の出来事だったそうです。必ず復帰することを約束して認められました。しかし、全体的に医師が不足している中で、一人が長期休暇をとったからといってすぐに別の医師が補充されるわけではありません。残された医師が補い合わなければならないのですから、「おめでとうと言いながら、心の中では複雑な感じ」だったそうです。
渋谷さんは職場復帰してから、子育てと仕事を両立しながら頑張ってきましたが、子供が大きくなるとまた新たな問題に直面することになりました。
「子供が小さいうちは保育所に預けられるからまだよかったんです。私たちが仕事をしている間、ずっとみていてくれますからね。ところが小学校に入ったら、逆に大変になったんです。学校から帰ってくると昼過ぎには子供はもう家にいるんですが、低学年の子供が一人で家にいるというのは、問題ですものね。そこで辞めてしまう女医さんも多いんですよ。私の場合、子供が小学校に上がってから、主人の親と同居しました」
病院内の保育所は少しずつ広がってはいますが、小学生の子供まで面倒をみるようないわゆる学童保育まで整備している病院はないようです。受験の世界にも詳しい精神科医の和田秀樹氏は言います。
「女医さんは自分の子供も医者にしたいと考える人が多いでしょうね。そのためには医学部に合格できるように、有名私立の中学受験もしなければならない。学校がゆとり教育だから、とても学校の勉強だけでは足りなくて、塾にも行かせなきゃいけない。そうするとやっぱり母親がそばについてなければと思って、辞めてしまう人も多いんじゃないでしょうか?」
職場復帰の支援システムがようやく始まった
さらに職場復帰を目指す女性医師にとって、必要な支援はまだまだあるようです。渋谷さんは1年間の育児休暇を取って戻りましたが、1年間のブランクを取り戻すことは簡単なことではなかったといいます。
「たった1年間でもその間に新しい薬や新しい技術がどんどん出てくるんですね。仕事をしながらそれを覚えるのも大変でしたが、自分の子供がちょうど自己主張を始める時期とも重なって、2つの不安を同時に抱えることとなって、つらかったです」
職場復帰を目指す女性医師への支援について、東京女子医大では「女性医師再教育センター」をつい先日立ち上げました。システムがスタートして1カ月でようやく2人の女医が登録をしてきたといいますから、まだまだ始まったばかりです。女性医師の総本山ともいうべき東京女子医大ですら、こういう状況ですから、いかに見過ごされていたかがよく分かります。
また、職場復帰した後の女性医師の負担をできるだけ軽くするための方策も考えられています。渋谷さんの勤める大阪医療センターでは「ママさん麻酔科医復帰支援システム」というものがあります。夜間には複数のママさん麻酔科医がオンコール態勢をとり、緊急手術の際には自分の子供をみてもらえる態勢ができた人から駆けつけるというシステムです。チームでワークシェアをすることにより、女性医師の働きやすい環境を作ろうという試みです。
女性医師一人を作るためにいろいろなカタチで莫大な税金が投入されています。その人材が医療の現場から離れてしまうということは国家的損失です。あまりにもったいないことです。これまであまり知られていなかった問題ですが、医師不足の今だからこそ、早急に現実に即した具体的な対策を進める必要がありそうです。