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これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2007年 7月号
崩壊寸前の産科医療、早急に産科医・助産師を増やす抜本策の断行を

分娩を扱う医療機関の減少は加速度的で医師不足も危険水域
「簡単に言えば崩壊寸前。分娩難民とかお産難民とか言われていますけれど、なんとかその犠牲者が出ないで踏みとどまっているというのが現状です」
 これは現場で必死に産科医療を支えている社会保険相模原病院院長の内野直樹氏のコメントです。産婦人科医はこの10年で総数の1割近くの1000人が減って、1万555人(2004年)。分娩を取り扱う医療機関の減少も加速度的で、2004年度の1年間だけで、32の病院、46の診療所が取りやめています。産科医と助産師の不足が危険水域に入り、日本は妊婦にとってはまさに産む場所がない国になりつつあるのです。
 それにも関わらず、あの「女は産む機械」発言で顰蹙を買った柳沢厚生労働大臣は2月7日の衆議院予算委員会で次のように発言していました。
「出生数の減少で医療ニーズがはっきり低減していることの反映」
 つまり産科医の減少は、出生数が減っているからであって問題ないというのが、どうやら大臣の認識のようです。
「産む機械」発言はたまたま口が滑っただけだったかもしれませんが、こちらの方は事実認識の問題ですから、もっと罪は大きいのではないでしょうか?
内野院長は言います。
「現場と国の乖離は大きいですね。産科の勤務医は今、月400〜500時間勤務の激務に耐えて支えているんです。そういう現実を新人が見て、産科を敬遠するようになったから余計にたいへんになる。我々の若い頃はたとえ評価されなくても、生まれてきた赤ちゃんの顔さえ見ていれば、いくらでも頑張ろうという気になったもんですが、今の若い人にはそういう感覚はないみたいです」

地域の産科医院が緊急時に応援し合う地域連携システム
 静岡県焼津市でも深刻な事態となっています。16カ所ある産科医院のうち、分娩を取り扱っているのはわずか6カ所に減ってしまいました。この地域で開業して14年になる前田産婦人科医院の前田津紀夫院長は言います。
「昨年1年間で650人の分娩を取り扱いましたが、お産の数としては安全域を超えていると思いますね。助産師の数が全然足りない。うちは退職者などにも声をかけてなんとか常勤5人は確保しましたが、これが最低限です。全部の診療所がそれだけの数を揃えたら、とても今の数では足りません。現にこの地域の6割以上の医療機関で常勤助産師が全くいないという状態なんですから」
 前田院長たちはこういう現状の中で、限られた医療資源を有効に使おうと新たな試みを始めています。それが医療連携です。地域の5つの医療機関で連携をし、手助けが必要な場合には、産科医が緊急で駆けつけ応援に入るという仕組みを作っているのです。
 緊急の帝王切開が一番多いそうです。あとは、生まれたけれどお母さんの出血が止まらない、赤ちゃんの具合が悪いので病院に連れていく、その間、留守番役としてお母さんを診ているなど、お互いがギブアンドテークで支え合っているのだといいます。
「最近は医師への要求が高くなってきています。わずかなミスでも許さないという風潮ですね。私たちはそういった監視の眼を感じながら仕事をしている。ですから少しでもリスクを減らすために、こういった医療連携を始めたんです。事故が起きた時には医師一人では足りませんからね」

小さな産科医院を閉じ医療スタッフを集約し安全性を追求する
 一方、神奈川県相模原市では厚生労働省のモデル事業として、地域の医療機関の集約化によって、人手不足を補っています。年間600〜700の分娩を扱っていた病院が産科を閉鎖してしまったことから、小さな産科医院を閉じて相模原病院に医療スタッフを集約化したのです。そのため産科医は6人から10人に、助産師は13人から19人に増えました。内野院長は言います。
「中途半端な規模の医療機関をいくつか置いて、結果的にはきちんとした対応ができない体制よりも、スタッフを一カ所に集中させ、そこで分娩をどんどん行っていくということです」
 集約化された医療機関には医療スタッフの数は揃っていますから、いざという時にはみんなが直ちに協力し合えるから安心です。しかし、問題点もあります。多くの妊婦にとっては通院にこれまで以上に時間がかかるようになります。
「常に問題になるのですが、利便性を追求するのか、安全性を追求するのかということですね。もし、二者択一ということになったら、やはり安全性が優先されるべきだと私は思っています。患者さんは両方求めてくるでしょうから、理解していただくことが大事になってきます。私たちも啓蒙運動にチカラを注いできました」
 前田院長は次のようにコメントしました。
「集約化は大都市ではいいでしょうが、人口密度の低いところでは難しいんです。私のいる静岡県の伊豆半島は下田を除いて半島の付け根の部分、つまり伊東とか熱海にしか大きな病院がありません。そこで集約化を無理にでも実現させると、切り捨てられる地区がたくさん出てきてしまいますよ。しかし、現実問題としては集約化でもしなければ存続ができないほど、二次病院の疲弊が激しいのが気になります。我々にとっては重症患者の送り先がなくなってしまうのはほんとうに困るんです」
 地方といっても自動車で移動しやすいところであれば、集約化のメリットを活かせるかもしれません。しかし、集約化は基本的には最も状況の厳しい地方の産科医療を救う決め手にはならないようです。
 今でも妊娠8〜9週で生理が遅れる前に予約しないと、分娩する場所の確保はできないといいます。
 このまま危機的状況が続いて事態がさらに悪化していけばどうなるのでしょうか。いきなり産気づいてマイカーで病院を探している間に車の中で生まれてしまったり、救急車で妊婦が運び込まれて、産科医のいない救急外来でそのまま出産などという異常事態が恒常化することだってありえます。障害を持って生まれてくる子供も増えるに違いありません。
結果、生み控えによって人口減少社会が加速することにもなるでしょう。これでは国の目指す方向とは逆行してしまいます。医療連携、集約化などの現場の努力で底抜けしないように支えている間に、産科医、助産師の数を増やす抜本策を断行するしかなさそうです。

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