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これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2007年 9月号
医療供給体制や看護師の位置づけなど、「夜勤72時間制限」で浮かび上がった問題点

収入減になった分を他の病院でのアルバイトで補う
 世の中にはよかれと思って変えたことが当事者からは逆に反発されてしまうということはよくあります。平成18年の診療報酬の改定で、看護師の配置基準が7対1になったのと同時に、夜勤時間が月に72時間に制限されることとなりました。ところがこの改革に対して、現場からは不平の声が上がっていたのです。
 もともとこれはナースを過剰労働から守ろうと導入された規制でした。ナースの夜勤の負担が大きくて、人事院からも改善すべきとの判断が下されたことを受け、日本看護協会も積極的に動きました。ナースを過剰労働から解放して労働条件を改善することによって、患者のサービス向上にも結びつくに違いないと考えたのです。72時間制限を守れなければ、診療報酬上のランクが下げられていくことにされたため、病院側も必死で看護職員確保に努めました。
 ところが働いているナースにとってみれば夜勤が減った分、当然のごとく収入も減りました。都内のある中小病院では月に3万〜5万円の収入減になった人もいました。これまでの収入を前提に生活設計を立てていたナースにとっては、大きな打撃となったようです。その結果、勤務外の時間を利用して、他の病院でアルバイトナースとして働き始めたというのです。
 看護師長は言います。
「弊害がいっぱい出ているわけですね。(夜勤制限が)72時間にされたことで看護師自身が守られるのではなく、2カ所の病院をまたがなければならなくなったことで、ナースは疲れ果てていますよ」
 そして、足りなくなった夜勤の人材を確保するために、他の病院で正規に働いているナースがアルバイトで夜勤に来ているというのです。これではまさに本末転倒と言わざるを得ません。一緒に働くナースは次のように言います。
「アルバイトさんが夜勤明けで疲れ果てていると、実際に私の申し送りにすごい時間がかかっちゃうんですよね。彼女たちは月に3回ぐらいしか来ないのでね。いちいち一つずつ送っていると、日勤が動きだすのが10時くらいになってしまうこともあるんです」
 看護師長は不満をぶつけます。
「いきなりの発表だったんです。最初、事務長から言われたんですが、何言ってるのか分からなかった。で、説明会に行って聞いてみたら、厚生労働省、東京都、社会保険庁などみんな訳が分からない。その72時間って絶対に本当に守らなければいけないの? というところから始まったんですね」

地方や中小病院ではランクの維持がかなり厳しい状況に
 さて、看護の現場におけるこのような混乱はあらかじめ予想されていたことなのでしょうか? 日本看護協会の小川忍常任理事は言います。
「マクロとミクロで見なければいけないと思います。確かに個々の現場でミクロ的に見るとそういうこともあるでしょうが、全体の病院の96%は72時間制限を実現して診療報酬上のランクも維持しています。取材に答えていた50床、看護師13人という規模の病院は厳しいのかもしれませんが、それは働きやすい環境を作るために努力をしていただくしかありませんね」
 全日本病院協会理事の古城資久氏は指摘します。
「72時間制限はマクロ的にみればいいことだと私も思います。でも、地域性もあります。北海道や地方で看護師を確保するのは容易じゃないですからね。本来は看護師全体の数を増やすしかないと思うんですけどね」
 調べてみると、北海道では72時間制限が実現できずに診療報酬のランクを下げられた病院は、400床以上ではゼロでした。ところが、最低ランクの特別入院基本料しか取れない病院がこの改定によって5病院から76病院に激増していました。地方、中小病院にとってはより実現の難しいハードルとなっているようです。

改革の先にあるグランドデザインを共有する必要がある
 病院の中には夜勤専従のナースを採用し始めたところも出てきました。横浜総合病院は300床、看護師202人の病院ですが、周囲の中小病院が病床削減したことから、救急患者がここに集中し、急増したのです。
 夜勤専従というのは17時から翌朝9時までの勤務が月に10回です。夜勤ばかりというのはかなりハードな勤務ではありますが、自分の時間を有効に確保したいと考えているナースらにとってみれば、案外悪くないかもしれません。朝9時に夜勤明けで次の2日間が休み、その次の日の出勤が17時ですから、昼間だけでみると4日間まるまる使おうと思えば使えるからです。ただ、趣味などに精を出しすぎて疲れ果てた状態で勤務に就かれてしまうと、医療の安全性に重大な影響を与えることも心配されます。
 全日本病院協会の古城氏は言います。
「労働の多様性を認めていくことも必要です。でも、夜勤専従というのはよくないと思いますね。医療というのはコミュニケーションをとりながら進めていくものです。患者の昼間の状態を知らないで、夜だけ看ているというのはどうでしょうか? 医師とのコミュニケーションも希薄になってしまうのではないでしょうか。そもそも看護師は夜勤制限なんて話が出てきますが、医師は交替もできないし、夜勤も制限のしようもなくて、もっと深刻なんです」
 日本看護協会の小川氏は言います。
「確かにそうかもしれませんが、医師の場合には勤務医を辞めて開業医になることができます。しかし、ナースはそういうわけにはいかない。そのために130万人のナースの55万人が潜在看護師になってしまっているんです。72時間夜勤制限で浮かび上がった問題は、看護職全体の問題です。夜勤の負担をどう減らしていくか、子育て支援をどうしていくか、看護職が働きやすい環境を整備する改革を早急に進めなければならないということです」
「改革には痛みが伴う」といいます。痛みにとらわれすぎると、改革の流れそのものを止めてしまいます。改革のために痛みをこらえるには、改革の先にあるグランドデザインを関係者全員で共有していなければなりません。医療の供給体制そのものをどうしようとしているのか、また、その中で看護師をどう位置づけようとしているのか、それが明確でないことが夜勤72時間制限問題で浮かび上がった最大の問題ではないかと感じた次第です。

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