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これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2007年10月号
看護師を辞めるなんて もったいなくてできないそんな魅力ある仕事にするのが本道

職場復帰研修会の新聞チラシで潜在看護師を発掘
 看護師不足がまた大きな社会問題になっていますが、看護師全体の数が少ないわけではありません。働いている看護師の数が足りないのです。つまり、資格を持っていながら看護師として働いていない人が多いということです。潜在看護師が55万人もいるというのですから驚きです。せっかくの国家資格が眠っているというのはなんとももったいない話です。
 今、政府も日本看護協会も各病院も潜在看護師を職場に戻すためにあらゆる手段を講じています。ナースバンクを作ったり、無料の職業紹介事業を行ったり、復職の研修を実施したり、ナースセンター同士をネットワークさせて全国の情報が分かるようにしたり……。ただ、潜在看護師というのは、家庭に入っていたり、別の仕事をしていたりしていて、実態を把握するのは難しいそうです。
 神奈川県の秦野赤十字病院では新聞に「職場復帰の研修会」のチラシを入れて、潜在看護師の発掘にあたりました。病院周辺に看護師の資格を持っていながら働いていない主婦がかなりいるらしいということを耳にしたからでした。 
 我々は野呂昌子看護部長が看護師集めにどれだけ苦労しているか、取材の過程で目の当たりにしていました。いろいろな病院がブースを出して行われた看護師募集説明会を取材したのですが、野呂さんが一日中、ブースに座っていたにもかかわらず、誰一人、話を聞きに来る人はいませんでした。人気病院は東京近郊や大きな病院に集中していました。
 私などは秦野市も東京近郊ではないかと思っていましたが、現実はそんなに甘くはないようです。それならばわざわざ他所から来てもらうよりも、もともと地元に住んでいる看護師資格保持者を発掘したほうがよほど効率的です。野呂さんは言います。
「平成18年に7対1看護が突然入ってきたことで、足りない分を補うだけでなく、さらに増やさなければならなくなったんです。そこで潜在看護師を受け入れるために、勤務時間の希望にできるだけ沿えるようにしたり、採用年齢枠の拡大や賃金アップなど、あらゆる雇用条件の見直しを病院側にお願いし、通してもらいました」

ブランクはあっても育児や主婦の経験は看護現場で活かせる
 昨年は14人が応募し、そのうち9人が勤務するようになりました。今年、応募してきたのはわずか4人でしたが、その中の原田さんは55歳で30年ものブランクがありました。こういう人がやってみようと思うきっかけをつくっただけでも、大きな意義があったといえそうです。一見、看護師長さんのような風格ですが、やはり、30年のブランクは大きく、研修会で実際に病棟に入った時の身のこなしには初々しささえ感じられました。
 結局、4人のうち2人が職場復帰しましたが、原田さんもそのうちの一人となりました。2カ月後、別人のようにイキイキと働く原田さんの姿がありました。ブランクはあるといっても、やはり一度叩き込まれたナース魂は、確かに彼女の中で息づいていたようです。原田さんは言います。
「最初はきつかったですね。シーツ交換するだけで頭から腰までバリバリに張っちゃってね。でも、だんだん慣れてきました。今ではナースに戻れたことは自分にとってよかったなって思いますよ」
 現場の看護師長からも「業務の隙間をすべて埋めてくれていて助かっている」と高い評価を得ていました。ナースとしての空白期間はあったものの、子育てや主婦としてのさまざまな経験は看護の現場で活かせるもののようです。
 実は野呂看護部長本人もかつては潜在看護師で、10年のブランクを経て職場復帰したのでした。子供が小学校3年と4年になり、少しは手がかからなくなった時、たまたま勧められたことがきっかけになったそうです。職場復帰の前夜は点滴の手順はどうだったかなどと考えて眠れなかったといいますが、いざ、やってみると体が自然に動いていたそうです。当時は復帰のための特別研修もなかったため、自分の努力だけで遅れた分を取り戻すために頑張ったのだといいます。
 和田秀樹氏は言います。
「10年間も離れていても、職場に戻ってその後、看護部長にまでなられたというのは素晴らしいことですね。看護は心でやる部分が多いから、いろんな人生経験が活きるんでしょうね」
 日本看護協会常任理事の楠本万里子さんは大きな発見をしたような表情で次のように言いました。
「4年くらい職場を離れていると、戻れなくなってしまう人が圧倒的に多いんです。私たちもそう思って潜在看護師の掘り起こしにあたってきましたが、30年も離れていた人だって、戻れるんですね。これに勇気を得て、私たちももっと幅広く声をかけてみようと思いましたね」

院内にスタッフ用の保育所や介護施設を併設すればよい
 ところで、研修会には参加したものの、復帰に至らなかった2人に話を聞きました。すると、一人は「保育所が見つからなかったから」と言い、もう一人は「父親の看病をしなければならなくなったから」と言いました。 野呂さんは言います。
「保育所は以前はあったんですが、利用者が減ったので閉鎖しました。近くに大きな保育所ができるというので安心していたんですが、大きな団地もできて、また入れなくなってしまったんです」
 院内保育の施設の調った病院は全国でまだ22%しかありません。しかし、潜在看護師を現場に戻すためには、重要な要素のようです。それとともに親の介護のためにナースを辞めざるをえなくなったり、職場に戻れなくなったりという人も少なくないようです。和田氏はその解決策として次のような案を提案しました。
「院内に病院スタッフ用のデイケア施設を併設すれば、もっともっと働きやすくなるんじゃないでしょうか。子供用には保育所、親のためには介護施設があればいいですよね」
 今、厚生労働省は年間8万5000人のナースの再就職を目標としていますが、実際は7万2000人に留まっています。あの手この手の対策が講じられるのはいいことです。しかし、そもそもなぜに潜在看護師が出てしまうのか? その基本的な構造そのものにメスを入れなければ、根本的な解決にはなりません。辞めるなんてもったいなくてできない、そんな魅力あふれる仕事にするというのが本道だと思うのです。

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