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これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2008年 3月号
大人が自分の周りにいる子供たちに気を配る優しい社会を取り戻そう!

病気の兄弟と親が盲導犬の世話をするキャンプで一つに
 今回も前回に引き続き、病気の子供の兄弟たちが愛情不足に陥りやすいという問題に焦点を絞ります。こういった兄弟たちを支援するための動きは、これまで少しずつではありますが、出始めていました。ボランティアグループの「しぶたね」もその一つです。代表の清田悠代さんは子供の頃、弟を心臓病で亡くしましたが、その入院中の体験がきっかけとなったそうです。
「中学生は病棟に入れないって言われてガラス戸の扉の前で何時間も待つんですけれどね。その時、そこにいた私と同じ状況の2〜3歳の子供がおかあさ〜んって泣いているんです。こんな風に毎日過ごしていていいんだろうか? 何かこの子供たちにできることはないかって考えたんです」
 清田さんたちの活動は、病気の子供の兄弟たちを集めて一緒になって遊ぶことです。同じ境遇の子供たち同士で遊ぶことで、彼らは自分も主役になれることを実感できるのだそうです。精神科医の和田秀樹さんは言います。
「子供たちは兄弟が病気で苦しんでいるのに、自分だけ楽しんでいいかしらと思ってしまいがちなんですね。それが同じ境遇の子供たち同士だと、楽しんでいいんだって確認できるんです」
 茨城キリスト教大学看護学部教授の藤村真弓さんは病気の子供の兄弟たちが盲導犬と一緒に遊ぶキャンプを開いています。盲導犬協会の人と、キャンプ場のオーナーを藤村さんが結びつけたことから始まったそうです。盲導犬はその養成過程において、できるだけたくさんの人に会うことが必要なんだそうです。そこで病気の子供の兄弟たちに相手をしてもらえたら子供たちへのアニマルセラピー効果にもなって一石二鳥ではないかと藤村さんは考えたのです。そして知り合いのキャンプ場のオーナーに頼み込み、実現にこぎ着けました。藤村さんは言います。
「病気の子供はいつも誰々ちゃんのお兄ちゃんなどと呼ばれて、固有名詞で呼ばれないことが多いんです。でもここへ来ればちゃんと誰々ちゃんって呼ばれますからね。自分が自分であることを取り戻せるんです」
 親が病気の子供にかかりきりになっていることで、兄弟たちはいろんな我慢を強いられているようです。いつの間にか親子の会話も少なくなっていることもあるようです。ところが、キャンプで親子が一緒に盲導犬の世話をしていると、犬を介して自然と会話が弾んでいくのだといいます。藤村さんは子供たちの複雑な思いを説明してくれました。
「僕は我慢しているのに、病気のお兄ちゃんは親にいろんなものを買ってもらえたり、いい思いをしている。僕も病気になったらいいんだと思う子だっているんです。中にはほんとうに病気になっちゃう子供もいますからね。逆に病気の子供の方も自分が母親を独り占めしていることで、兄弟に寂しい思いをさせているんじゃないか。そう思って罪悪感にさいなまれることもあるんです。ですからこういうキャンプは兄弟双方にとってプラスになるんです。私もナースとして長年、仕事をしてきましたが、犬には勝てないと思うことがありますね」

面会に入れない子供をボランティアが無料で預かり面倒をみる
 一方、病院の中でも病気の子供の兄弟の支援に取り組んでいるところもあります。神奈川県立こども医療センターは待合室の一部を改修して、兄弟のお預かりルームにしました。親と一緒に面会に来た兄弟を無料で預かり、ボランティアたちが面倒をみています。保健師の黒川理恵子さんは言います。
「もともと32年前から院内でのボランティア活動があったんですが、いろいろとやっていく中で兄弟支援の必要性に気づいたんですね。それまでは一緒についてきた子供たちが階段の踊り場を遊び場所みたいにしていて、落ちないかしらって不安に思ってたんです。こういう場を作ったら、福祉大学の学生さんがサークル活動の一環として応援に来てくれるようになりました。たくさんのみなさんに理解してもらうことが大切なことですね」
 この院内のお預かりルームが開かれるのは週に2日だけです。ボランティアに頼っているだけでは限界もありそうです。その隙間を埋めるべく、市から委託されて子供たちを一時的に預かっている人たちもいます。家庭保育福祉員の岡島和子さんは言います。
「今は核家族ですからね。いざという時に子供を預ける場所がなくて、困っている人も多いんです。おじいちゃん、おばあちゃん代わりになってお役に立てればと思いましてね」
 もちろんここに預けられる子供は病気の兄弟だけではありません。働く母親にとってはありがたい存在です。こういう支援のカタチがもっともっとシステムとして整備されていくことが求められているようです。和田さんは言います。
「地域の協力を仰ぐためにいろいろなカタチを考えるべきでしょうね。ケースワーカーみたいな人が対応するとか、兄弟たちが通っている幼稚園や保育園などが連携することも一つの考え方でしょう。いずれにせよ、行政がこういう問題意識をもつことが重要ではないでしょうか」

昔の日本は大家族で祖父母や近所の人が支え合っていた
 しかしよくよく考えてみると、病気の子供の兄弟の問題は、単なる病気の子供を取り巻く環境ではなく、現代社会の抱える大きな課題ではないかという気がしてきます。そもそもこういう問題は昔の日本には存在しなかったのではないでしょうか。大家族の時代には、母親が病院に行っている間は、その兄弟たちはおじいちゃん、おばあちゃんが面倒をみていたのでしょう。また、近所付き合いも濃密だったでしょうから、近所のうちに遊びに行ったりして、地域の人たちで支え合っていたのでしょう。ですから、あえて病気の子供の兄弟に目を向けることを論じる必要がなかったに違いありません。
 この問題提起をしてくれた国際医療福祉大学院に通う三ツ堀祥子さんは言います。
「清田さんは弟さんが厳しい状況になり不安な気持ちでいっぱいで待合室で待っていたとき、見知らぬおじさんがそっと差し出してくれたお茶の温かさが忘れられないといいます」
 やはり、大人たちが自分の周りにいる子供たちに常に気を配っている、そんな優しい社会を取り戻すことが最大の解決策ではないでしょうか。

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