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これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2008年 4月号
地域医療を再生させるには“仕方がない”という発想を転換する必要がある

内科医2人だけの危機的状況から復活・再生を果たす
 今回取り上げたのは地域の病院崩壊の流れに歯止めがかかったという事例です。
 2年前に千葉県の東部地区でドミノ現象のように病院が崩壊しつつあるという現状をリポートしました。その際、千葉県立東金病院の平井愛山院長は我々のテレビカメラの前で「地域に踏みとどまっている医師の気持ちを都市部で仕事をするお医者さんにわかっていただきたい」と、強い口調で訴えていました。確かに当時、この病院は内科医が2人しかいなくなり、まさに危機的状況に追い込まれていました。
 病院がこういう状況になると、救急車も大変です。当時の救急車は受け入れ先の病院を決めるまでの時間がどんどん長引いていました。決まるまでに要請する病院の数は平均4病院、中には19病院、所要時間2時間というケースもありました。実質的にこの地域の救急医療体制は崩壊しかかっていました。
 それが平井院長らの懸命の努力によって、現在では内科医が7人にまで増え、ギリギリのところで復活・再生を果たしたのです。いったいそのウラには何があったのか、改めて平井院長をスタジオに招き、話を聞きました。
 平井氏が参考にしたのは、愛知県の小牧市民病院の余語弘院長が成功させた再生例でした。ポイントは「人を育てる病院に作り替えること」でした。また、同じ九十九里沿岸部にあるにもかかわらず、毎年20人以上の研修医が集まってきていた国保旭中央病院もヒントになりました。研修医がここで認定医の資格を取れることが大きな要素となっていました。平井氏は言います。
「どういう病院に若い人が魅力を感じてくるかということを調べていくと、学会の認定施設になっていて、そこに熱意あふれる指導医がいて、いい研修プログラムがあれば、給与だとか場所はあまり関係ないということがわかってきたんです」

臨床医研修に加え総合医、家庭医、専門医の資格が取れる病院に
 東金病院はもともと臨床医研修病院として認定されていました。そこで、新たに総合医、家庭医のスキルが学べて、資格が取れるような仕組みを作ることにしました。そのために平井院長自らも学会の指導医の資格を取得しました。そのかいあって、昨年は研修医募集の説明会に大勢の学生が集まりました。平井氏は言います。
「若い医師の意識も多様化してきています。臓器別のエキスパートを目指す人もいれば、地域密着の医療を目指したいという人もいるんですね。彼らはみんな自分たちのニーズに合った病院を探そうとしていますから、我々がそれに応えられるかどうかが重要なんです」
 研修医が集まってきただけではありません。わざわざ奄美大島から8年目の中堅医師もやってきました。古垣斉拡氏は言います。
「私はもともと離島の診療所でいろんな患者さんを診ていたんですが、その中で生活習慣病、特に糖尿病の患者さんが増えていることに気づいたんです。しかし、鹿児島ではそういった専門医は少ないんですね。インターネットで調べていたら、ここの施設は糖尿病、特に内分泌代謝の専門施設で、日本内分泌学会の専門医の資格を取れることが分かったんです。しかも以前、平井先生の講演を聴いて感銘を受けたこともあって、それでやって来たんです」

病院、診療所と調剤薬局をつなぐ病診連携ネットワーク
 古垣氏が東金まで来てみて驚いたのは、地域住民の意識の高さだったといいます。「地域医療を育てるNPO」ができて、住民たち自らが若い医師を歓迎するムードを醸成させていたのです。精神科医の和田秀樹氏も次のようにコメントしました。
「最近の住民は医師をたたくという意識が強くて、そのために医療崩壊が加速していた面がありました。そうではなく、この地域では住民自らが医師を育てようとしているんですよね。それは素晴らしいことですね」  平井氏は言います。
「住民と医療者の関係性を回復させることは地域医療の再生にとって最も重要なことの一つです。それを実現するための具体的な方策として作ったのが“わかしお医療ネットワーク”です」
 わかしお医療ネットワークとはインターネットを使って、病院と15の診療所、13の調剤薬局をつなぐ病診連携のネットワークです。ここに薬局まで入っているところがミソです。薬局もただ単に処方箋に基づいて調剤するのではなく、検査データや処方意図を共有することで、医療の担い手として有効に機能させることができます。
 また、場合によっては薬剤師が在宅の患者さんの元へ薬を届けに行って、直接きめ細かい指導をしたり、フォローをしたりすることもあるそうです。薬剤師も在宅医療の担い手として位置づけられているのです。これによって、病院の外来の負担を減らすことができ、その分、救急医療に振り向けることもできるのだといいます。
 こういった、いいカタチでの病診連携は地域医療再生のためには欠かせない要素のようです。お隣の国保成東病院では常勤医師不足を補うために、近隣の診療所の医師7人に病院に来てもらって外来診療を担ってもらいました。これは診療所の医師にとっても評判がよかったそうです。診療所では普段はなかなか使うことのできない最新の医療機器があるために、採血の検査データがすぐに見られるので、診断が下しやすいというメリットがありました。それだけでなく、病院で診た患者さんのフォローを診療所で行うきっかけにもなったのです。  平井氏は言います。
「地域医療の崩壊を食い止めて再生できる芽のあるところはたくさんあると思います。その地に踏みとどまる医師がいて、さらに地域のヒューマンネットワークが構築できるかどうか、お互いに顔の見える関係を作れるかどうか。それぞれの地域なりに身の丈に合った医療を実現していこうという気持ちで、地域がまとまれるかどうかがポイントではないでしょうか」
 病院崩壊が叫ばれる中で、この再生成功事例から学ぶべき点はたくさんあるように思います。地域だから病院崩壊しても仕方がないという被害者意識から、地域ならではの特色を活かして再生しようという発想への転換が必要なようです。2年前の悲壮感から開放されて終始にこやかな平井氏の表情に接しながら、こういった再生が拡がっていくことを心から願わざるを得ませんでした。

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