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データが揃う前にがんの特効薬として一大ブームを起こす
最近、医療関係者からメディアのあり方に対して、疑問を投げかけられることがよくあります。報道によって医療界にあらぬ混乱が生じた、医療崩壊を加速させることになったなど、さまざまな批判が寄せられます。そんな声に応えるべく、番組では医療報道のあり方そのものをあえてまな板に載せて論じようと、新シリーズを立ち上げました。その第1回は「検証!アガリクス報道」です。
アガリクスは一時、がんの特効薬のようにいわれて、一大ブームを巻き起こしましたが、一つの死亡記事がきっかけとなり、一気にブームは消え去りました。昔からこういう現象はよくありました。紅茶キノコや中国の育毛剤101など、社会現象のようになりながら、ブームの去った後には人々の記憶にすら残っていません。
アガリクスもただそれだけのことなら、あえて取り上げるまでもないでしょう。しかし、専門家から、日本の薬学研究に大きなマイナスの影響が出てしまったという声が聞こえてきたため、一連の騒動全体の流れを改めて検証してみることにしました。
アガリクスは1965年にブラジルから輸入され、人工栽培が行われるようになったキノコです。ビタミンB1、B2、アミノ酸などが豊富で、免疫力を高める効果があるという専門家も出てきました。ところが十分な有効性や安全性を裏付ける研究データが揃う前に、ブームが起きてしまいました。
2000年ごろから「アガリクスでがんが治った」などと誇大な表示による、いわゆるバイブル本が出版され、大ブームとなりました。あっと言う間に年間350億円もの市場になりました。がんが治ったとする患者の体験談が綴られ、健康食品販売業者の連絡先が明示されていました。中には藁にもすがりたいという患者心理につけ込む悪徳業者も出てきました。全くのデタラメの体験記が捏造される悪質なものもありました。
発がん性促進物質が1社から発見され一気に息の根止める
そんな中、2004年、アガリクスを摂取していた男性のがん患者が劇症肝炎で死亡したというニュースが大々的に報じられました。異常なまでのアガリクスブームだっただけに、衝撃的事件として取り上げられました。まるでアガリクスを飲んだことが死亡原因であるかのような印象を振りまきました。しかし、実際にはこの男性の死因は特定されていませんでした。死亡した男性がたまたまアガリクスを飲んでいただけだったかもしれません。それでも厚生労働省はこれをきっかけにしてバイブル本の出版社に対する改善指導に乗り出しました。
その後も指導に従わずに出版を続けていた出版社と販売業者はついに薬事法違反で逮捕されることとなりました。書籍の監修を担当した大学名誉教授も書類送検されました。メディアが再び大々的に報道したのは当然のことです。
さらに2006年2月、厚生労働省はアガリクスの安全性について食品安全委員会に意見を求めました。その結果、3社のうち1社のアガリクスから発がん性を促進する物質が発見されたのです。がんの特効薬と思われていたアガリクスに発がん促進作用があったというのですから、メディアが飛びつかないわけはありません。
これはアガリクス神話の息の根を一気に止めるだけの強烈なインパクトがありました。岐阜県の和良村では農林水産省の助成でアガリクスの栽培事業が進められていましたが、5億円の投資をした矢先に注文が途絶え、壊滅的打撃を受けたといいます。350億円の市場は95億円にまでしぼんでしまいました。
ところが3社のうち2社のアガリクスはシロだったという事実はほとんど報道されることはありませんでした。
実はアガリクスと一言で言っても、栽培の条件で成分も大きく変わります。ハウスものと自然露地ものではベータグルカンやビタミンDなどの値が1.5〜20倍も違ってきます。アガリクスはデリケートなキノコで、有害なものがあればそれも吸い取ってしまうので、栽培条件はとても重要な要素なのです。
2社が“シロ”だったにもかかわらず毒キノコの印象残る
しかし、メディアの報道にはそういった背景をまともに見つめようという目はありませんでした。善か悪かの対立の図式の中で、アガリクスはすべて同一視され、栄光の座から一気に引きずり降ろされてしまったのです。東京薬科大学の大野尚仁教授は言います。
「キノコ・多糖類の研究は日本では1980年代から地道に進んできていました。それが2000年前後になって、欧米でも日本を追いかけるように研究熱が高まってきたんです。ところがこの一連の騒動によって、一気に逆転されてしまいました。日本ではアガリクスがまるで毒キノコのように扱われるようになってしまったのですから……。これだけ逆風が吹くと、若い研究者は将来の夢がもてなくなります。ですから、ここのところ急に研究者が去っていく……。遅れたでは済まないかもしれないほどのダメージですね。学問として無くなってしまうかもしれないという状況です」
メディアの立場から元読売新聞の国際医療福祉大学の丸木一成教授は「2社のアガリクスはシロだった」という記事をほとんどの新聞が書かなかった点について、次のように語りました(読売新聞だけは書いていましたが)。
「報道は知らせる必要があると思われることだけを記事にします。ですからこの健康食品は安全だという結果が出ても、それは当たり前だからと思って多くの新聞はねぐったのかもしれませんね。新聞がアガリクスブームを煽ったのかと言えば、そうではないでしょう。ただ、体にいいキノコといわれていたものがどうしてこういうことになったのか、全体を通じた検証報道が必要なのかもしれませんね」
山王病院呼吸器センター長の奥仲哲弥さんは言います。
「新聞、テレビ各社で違う報道があってもいいのに、だいたい似たようなものになってしまうのが問題だと思いますね」
確かにボクシングの亀田親子の騒動のように、英雄視から袋叩き状態へと一気に同じ方向に傾いていくメディアの問題点は受け止めざるをえません。
それと同時に一連の大騒動が去った今こそ、改めて冷静にアガリクスそのものの実態と今後の可能性を伝えるメディアの努力が求められていると痛感しました。