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コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2008年 6月号
診療関連死に対して国民の幅広い議論とあわせメディアも向き合う必要がある

産科医が逮捕された死亡事件がきっかけで新たなシステム作り
 医療報道そのものにメスを入れようというシリーズの2回目は、医療事故報道がきっかけとなって始まった医療界・国会での大激論を取り上げました。医療崩壊を食い止めるためのシステム作りが、逆に医療崩壊を加速させてしまうのかどうか、それが厚生労働省の医療事故調査委員会設置をめぐって起きた議論です。ゲストは厚生労働省案に賛成する自民党の西島英利氏と、反対する民主党の足立信也氏、医師の資格も持つ二人の参議院議員でした。
 もともとのきっかけは2004年、福島県立大野病院で産科医が逮捕された死亡事件でした。マスコミは大々的に取り上げましたが、その結果、産科医のみならず、リスクの高い医療に携わる医師が病院を立ち去り始め、医療崩壊を招いたと言われています。しかし、その後の新たなシステム作りについて、医療界では大きな議論が起きていたにもかかわらず、報道はあまり行われませんでした。
 2007年10月、診療関連で起きた死に対して、その死因が解明されるようなシステム作りを目指して開かれていた厚生労働省の検討委員会の第二次試案がまとまりました。それは「医療事故調査委員会」を設置するとともに、「医療機関から診療関連死の届け出を義務化し、怠った場合には何らかのペナルティを科す」、さらに「行政処分、民事紛争、刑事手続きに調査報告書を活用できる」という内容でした。

厚労省検討委員会の第二次試案をめぐって医療界・国会で大激論
 この第二次試案に日本医師会、日本内科学会、日本外科学会、並びに与党は賛成しました。しかし、リスクの高い患者を受け入れている医師や野党からは反対意見が噴出しました。
 賛成派の西島氏は言います。
「そもそも医療の現場に警察が入っていただくことのないようにするための制度なんです。これまでは告発があると、警察がズカズカ入ってきて、証拠保全などをして、捜査が進んで行きました。そうならないように、『医療安全調査委員会』に届け出てもらおうということなんです」
(ちなみに「医療安全調査委員会」とは、第二次試案にあった「医療事故調査委員会」の名称を変更したものです。「事故」を強調するより、「安全」のための組織だという印象を強めようとのことで、第三次試案から採用されました。この収録の時点ではすでに名称変更の話は進んでいたようです。)
反対派の足立氏は言います。
「診療関連死の届け出を義務化したら、今よりもっと警察が入りやすくなりますよ。委員会に届け出たら警察が動くことはないなんてありえません」
 西島氏は言います。
「委員会はそもそも再発防止のために作ろうとしているものですからね。故意、重大な過失、悪質な例に限定して警察に通知するんです。免責的要素を入れてこの法律を作ろうとしているのであって、何でもすべてを警察捜査の対象にというわけではありません」
 足立氏は反論します。
「検討会は確かに最初は再発防止で議論が始まりましたが、途中からだんだん責任追及に重きが置かれるように変わってきました。本来、医療崩壊を食い止めるためには、『医療費抑制』という政府の大方針と、『医療への不信』という患者側の思いの中で、どういう枠組みを作っていくべきなのかということを総合的に議論していくべきでしょう。しかし、今は医療に関連した死だけを取り出した議論になっている。だから、医療現場は危機感を持っているんです」
 大野病院事件で逮捕された医師の容疑は業務上過失致死罪とともに異状死の届け出義務違反(医師法第21条)でした。この点について西島氏は言います。
「異状死の届け出を定めた医師法第21条は殺人、もしくは虐待が疑われる患者が運ばれてきた時、犯人を捕まえるために医療機関にも協力してもらおうということでできた法律でした。それが臓器移植法の議論の中で、診療中の事故も異状死体とみなすという意見が出てきて、診療中の死も対象になってしまったんです」
 それは足立氏も同じ認識でした。
「医師法第21条は変えなければなりません。拡大解釈されているのが問題なのです」
 要するに議論の焦点は、できるだけ警察の介入を防ぎながら、どうやって患者と医師双方にとって安心できる医療現場を作っていけるかということです。

第三次試案で届け出は明らかな医療ミスなどに限定することに
 収録後、第三次試案が発表され、医療機関が委員会に届け出る対象は、二次試案ではただ単に“診療関連死の届け出義務化”とされていたものが、“明らかな医療ミス”あるいは、“合理的説明がつかない死亡”に限定されることになりました。このため、死亡の危険の伴う医療行為による事故は除外されることになりました。ただし、その判断は医療機関に任されているため、遺族側には別途、救済の道が確保されました。
 遺族が委員会に届け出ることで調査を始めることができることになりました。そして委員会は調査の上で、悪質なケースに限ってのみ警察に通報することになったのです。結局、「医療安全調査委員会」が大きな役割を担うことになりましたが、いったいどんなメンバーで、どれほどの仕事ができるものかはっきりしない中で、果たしてほんとうに警察の介入を抑えながら、現実的な解決に導いていけるのかどうか、疑問は残ります。獨協医科大学の寺野彰学長は次のように語っています。
「この医師不足の時代に、調査できる医師を集めることができますか? 解剖することが重要になるでしょうが、法医学者や病理学者を十分に確保できるかどうか? 僕は不可能に近いと思います」
 スタジオで展開してみて、あらためて難しい議論であることを私自身も再認識しました。メディアがあまり取り上げてこなかったのは、そういう背景もあるでしょう。しかし、難しいからといってメディアが目を向けないとすれば、そのこと自体が重大な罪になってしまうかもしれません。
 万が一、将来的にこの委員会が医療崩壊を加速させてしまったなどという事態になった時、メディアはまた、自分のことを棚に上げ、一方的に国を批判することになるのでしょうか。少なくともこのテーマは多くの国民による幅広い議論が必要であることは間違いありません。そのためにメディアは今、積極的に向き合っていかなければならないと痛感した次第です。

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