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これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2008年 8月号
後期高齢者医療制度が今になって問題になる背景を検証する

メディアの取り上げは法律成立の2006年と比べて格段に増える
 医療報道を検証するシリーズ企画として、今回は今、最もホットなテーマとなっている後期高齢者医療制度を取り上げました。「姥捨て山か?」「老人は死ねと言うのか?」「75歳以上だけを切り捨てようというのか?」「年金天引きなんてあまりに酷い」など、高齢者のみなさんから感情的な反発を呼んでいるこの制度を、これまでメディアはどう伝えてきたのか、検証しました。
 政府の説明不足が混乱に拍車をかけたことは事実であり、メディアがその点を批判するのは当然のことです。しかし、2006年の6月に国会の場で成立した法律ですから、その時点でメディアが知らなかったはずはありません。その当時、メディアは今のような批判をしていたのでしょうか?
 成立したとはいえ、与党の採決強行がありましたから、十分な審議がなかったという野党の言い分はその通りかもしれません。しかし、メディアは審議の状況がどうであれ、法案の問題点について論評する責任があります。まずは当時の四大新聞の記事を検索してみました。
 2006年から2年間、「後期高齢者医療制度」という言葉の入った記事は合計336件だったのに対し、今年は5月までで2032件、6倍にも上っています。また、今、高齢者の感情を逆なでするきっかけともなった「年金天引き」という言葉はかつては13件、それが162件、12倍に増えています。さらに「姥捨て山」という言葉に至っては当時は2年間でわずか1件しかなかったものが今は14件にもなっています。
 もっと顕著なのはテレビです。ニュース、ワイドショーのラジオテレビ欄を調べてみると、「後期高齢者医療制度」という言葉は当時は全く見当たりません。ところが今は3カ月で80番組もありました。ラジオテレビ欄に出ているというのは、特集企画として掘り下げたということです。ニュースとして放送した件を含めると、もっと大きな開きが出ることは間違いありません。

取材したマスコミは後の政令、省令までフォローしていない
 私自身も自分の担当している「報道2001」で一度も扱っていませんでした。この「黒岩祐治のメディカルリポート」でさえも取り上げていませんでした。特に「メディカルリポート」は私自身が最もホットだと思ったテーマを自ら選んでいる番組ですから、当時の私はこの制度を全く問題視していなかったということです。私だけでなくすべてのメディアがその当時は後期高齢者医療制度がとんでもない制度だという認識ではありませんでした。  要町病院の吉澤副院長は言います。
「国会にへばりついているような新聞記者だったら知ってるはずですよね。だけど、法案が通りましたはいいけど、通ったらどうなっちゃいますかっていう話が一切、どこからもされていないですよね。悪いですけど、言い方を変えれば、政治記者さんと政治家はグルなんじゃないかと思いますよ」
この制度の骨格になった私案をまとめた元厚生労働大臣の尾辻秀久さんは言います。
「これはもともと10年議論してきた内容で、取材なさるマスコミの人も十分ご存知だったはずです。私の私案の時もメディアは好意的に理解して下さり、記事にしていただきましたよ。ただ、法律が決まった後に、政令、省令で決まる部分もたくさんありますからね。記者のみなさんもそこまでは見ておられなかったのかもしれませんね」
 メディアは何を今さら批判しているんだと言わんばかりの口ぶりでしたが、一応、メディア擁護までしていただきました。しかし、それは政令、省令までフォローしていないメディアへの痛烈な批判でもありました。 尾辻氏は続けます。
「年金天引きというのはもともと全国の市長町長さんが主張したんですよ。そのほうが簡単でいいと。75歳以上のみなさんの98%は年金を納めておられるということですから、自分で支払うのも、年金天引きでも同じことという気持ちがあったんですね」

構造改革路線の中で医療保険制度維持の政策が優先された
 今になって年金天引きを問題視するメディアは老人の感情論に引っ張られすぎ、導入の背景なども含めた検証を怠っていたかもしれません。ただ、法律ができた後になってから、いわゆる“宙に浮いた年金記録問題”が浮上したことを忘れるわけにはいきません。年金に対する国民の不信が急速に高まってしまったから、年金天引きが老人いじめに感じられるようになったのでしょう。法律制定から施行までたかだか2年の差なんですが、その間の国民感情のダイナミックな変化を行政は感じ取ることができなかったということなんでしょう。元読売新聞の記者だった国際医療福祉大学の丸木一成教授は言います。
「年金天引きは介護保険制度でもすでに行われていましたから、理解されると思ってしまったのかもしれませんね。ただ、我々も医療保険制度そのものをいかにして持たせるかという視点から考えていましたから、一人ひとりのお年寄りの感情面にまで気持ちがいってなかったということはあったかもしれませんね」
 私自身、最初にこの改革案を聞いた時、厚生労働省は国民皆保険制度を維持するための改革だと強調していたことを覚えています。高齢社会が進む中で増大する医療費を大胆に削減しなければ、制度の維持ができない、だから後期高齢者医療制度も必要だという説明でした。そもそも小泉元総理の掲げた「聖域なき構造改革」の中で進められた改革ですから、社会保障費削減がすべての前提となっていました。
 尾辻氏は言います。
「当時、後期高齢者医療制度にメディアの目が行かなかったというのは、メディアも小泉改革の視点から見ておられたからではないでしょうか?」
聖域なき構造改革路線は国民も郵政選挙で熱狂的に支持した方針でしたから、メディアもその前提の上で論じていたということのようです。社会保障費にまで切り込むことを改革と賞賛していた時代の中で、メディアの批判精神も封じ込められていたのかもしれません。財政面からすべての議論を進めていくことが正しいのかどうか、本当の改革とはどういうことか、改めて見直していくべき時代になってきたということではないでしょうか。

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