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せっかく取得した救急救命士の資格が活かせない矛盾
救急患者の病院たらい回しが再び大きな社会問題になっているにもかかわらず、1万5千人以上の救急救命士が救急隊として働くことができないでいます。せっかくの国家資格がなぜに活かせないのか、どうするべきなのか、今回は救急救命士制度の大きな矛盾点に焦点を当てました。
救急救命士は救急隊の資格ですから、消防の内部資格であればこのような問題は起きなかったはずです。平成2年当時、新しい救急隊の資格を作るにあたって、消防庁(自治省)は当然、そういった内部資格を主張していました。それに対し、厚生省(当時)は基本的には新しい資格を作ること自体に乗り気ではありませんでした。しかし、どうしても作らなければいけないというなら、医療関連の国家資格でなければダメだと主張していました。
そもそも「救急車は消防庁」、「医療は厚生省」という役所の仕切りによって、“救急車の中の医療”が置き去りにされてきた、すなわち縦割り行政の狭間にすっぽりと落ちていたのがこの問題の本質でした。プレホスピタルケア(病院到着前の医療)の空白を埋めるべしという世論のうねりに引きずられるカタチで、新しい資格制度創設への動きが具体化し救急救命士制度ができました。しかし、それは両省庁の考えを足して二で割るという妥協の産物だったのです。
すなわち、救急救命士は高卒2年以上の専門教育を受けた上で取れる医療関連の国家資格にすることとし、厚生省の言い分を採用しました。ただし、消防の救急隊として5年以上の実務経験者には半年の専門教育で受験資格を与えることとして、消防の顔も立てたのです。これを受けて、救急救命士養成の専門学校ができ、後に大学にも救急救命士コースが作られることになりました。つまり、消防の職員でない救急救命士が誕生することとなったのです。
現実の就職先は医療とかけ離れたメーカーが大半
ところが救急搬送業務はその後も消防が独占し続けたために、救急救命士の資格を取っても、消防に入らなければ、資格を活かせないことになってしまったのです。
もともとは民間救急と競争的共存関係になっていくだろうと予測されていました。そうなっていれば、彼らも働く場はたくさんあったはずでしたが、民間参入を嫌った消防が独自で大量に救急救命士の養成を急いだがゆえに、本格的な民間参入はなくなってしまったのです。消防の採用枠には自ずと限りがあります。全員採用できるだけの余裕がないのが実情です。
我々が取材した千葉県に住む23歳の女性の救急救命士は歯科医院で歯科助手として働いていました。
「やはり救急救命士の資格を活かした仕事はしたいですね。もったいないですよね」
結局、彼女は看護学校に進むことを決め、学費を稼ぐためにバイトに精を出していました。看護学校に行くなら初めからそうしていればよかったわけで、救急救命士の資格を取ったことは何のプラスにもなっていないのです。
サーキット場のメディカルセンターで働く救急救命士たちがいました。そこには高規格の救急車が3台、レース開催時には合計7台の救急車が配備され、彼らは医師、看護師15人と共にレース事故に備えて待機していました。ある程度、救急救命士らしい仕事はできそうですが、給与は一般社員と同じであって、資格ゆえのプラスはありません。
帝京平成大学の救急救命士養成コースで教鞭を執っている救急救命士の鈴木哲司氏は言います。
「本来の医療とは全くかけ離れた方向で就職している人がいますので、社会的な損失だと思いますね」
主な就職先として、自衛隊・海上保安庁・警察などの公務員、民間救急、医療機器メーカー、テーマパーク、リゾート施設、サーキット場などのスポーツ施設などがありますが、大半はメーカーなどの一般企業です。もともと医療を志して救急救命士になったわけですから、やはり少しは関係しそうなところに就職したいと思う人は多いようです。しかし、救急救命士として採用されているわけではありません。
救急車と現場のみの制限を撤廃すれば人手不足の解消にも
救急救命士が病院の中で働けないことも、大きな制約となっています。制度が出来上がる時に、病院で勤務する看護師たちからの強い反発があり、救急現場と救急車の中だけに救急救命士の業務の場所制限をしたのです。もし、病院の中で働くことができれば、医療スタッフの一員として医師や看護師と一緒に働くこともできるのですが、未だに日本看護協会は首を縦に振ろうとはしていません。
ところが病院の中で働いている救急救命士がいると聞いて、取材しました。確かに、東京・墨田区の白髭橋病院には男女合わせて13人の救急救命士がいました。病院間搬送の救急車に乗り込むだけでなく、病院の中でも働いていました。石原院長は言います。
「大きな目的としては病院の救急車を有効に動かしたいということがあります。それから当院は救急外来が非常に忙しいですから、救急のことを熟知している助手が欲しいんですね」
一緒に働く看護師は言います。
「助かります。私たちの補佐的な仕事をしていただいて。救急救命士は男の人が多いので、力仕事とか、患者さんの暴力に合ったときとか、心強いですね」
正式には病院内で働けないはずの救急救命士がどうしてここでは働いているのだろうと思って、調べてみました。すると、彼らは救急救命士としてではなく、看護助手として働いていたことが分かりました。給与も看護師に比べて10万円ほど安く抑えられていました。中の一人は、看護師の資格を取ろうと学校に通っていました。ここでも国家資格は無視されていたのです。
病院の中でも働けるように場所制限を撤廃すれば、救急医療の現場の人出不足を補うこともできるはずです。それだけでなく、人がたくさん集まる駅や競技場、ホールなどには配置を義務化してもいいのではないでしょうか。最近普及してきたAED(自動式除細動器)と救急救命士をうまくドッキングできれば、救命効果の向上は期待できるはずです。さらに飛行機の中に最低一人、配置を義務付けるのもひとつのアイデアではないでしょうか。救急救命士の有効活用の知恵はいくらでも出てきます。とにかく眠っている国家資格を活かさないのはあまりにももったいないと言わざるをえません。