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これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2009年 2月号
新型インフルエンザの大流行が危惧される今、ワクチンのあり方を考え直す時だ

インフルエンザの予防接種の死亡事故で義務から同意方式へ
「医療報道の光と影」シリーズ、今回は予防接種を取り上げました。
 私たちが子供の頃は学校でインフルエンザワクチンの集団接種がありました。しかし、今では行われていません。それ以外のワクチンも強制されてはいません。なぜ予防接種をしなくなったのか、その背景に報道がどうかかわったのか、検証しました。
 1972年にインフルエンザの予防接種で20名死亡するという事故がありました。国は62年以降ワクチン接種を義務化していましたから、行政のあり方として大問題になりました。メディアには「恐るべきワクチン禍」という見出しが躍り、ワクチンの危険性が強調されました。
 87年、厚生省の研究班による検討が行われました。マスコミでは「誰のためのワクチン注射か」「疑問符ついた学童『集団接種』」と一貫してワクチンについて、否定的な論調が続きました。結果的に、報告書ではインフルエンザワクチンについてこれまでの集団接種を同意方式に変えることとなりました。義務ではあるが、親の同意が必要になったのです。
「予防接種に限らず、医薬品というものは副作用がないものは基本的にはないんですね。心ある医師でワクチンをやらなくていいと思っている人は誰もいませんよ。ところがたまたま一人、違う意見を言う人がいて、その意見が新聞に同じだけの分量で出る。学会でも全く認められていないような意見が新聞にドーンと出る。読む側からすれば両論あるように見えてしまう。それならワクチンはやってもしようがないように思われてしまうんですよね」
 マスコミ報道はアンチワクチンキャンペーンであって、それがワクチンを悪者扱いするごく一部の少数派の専門家の意見を大きくし過ぎてしまったと指摘するのは、博慈会記念総合病院副院長で小児科医の田島剛氏です。

三種混合ワクチンの導入でも事故続発し、集団接種を中止する
 これに対して、報道の現場から朝日新聞の和田公一記者は反論します。
「ワクチンについては確かにそういう面があったかもしれません。報道は極端から極端に揺れることがあるので私たちも自戒しなければいけないと思います。ただ、専門家の間で意見が分かれたときに報道するのは難しいです。今の医療界・学会の大多数が認めている意見であったとしても多数決で決めるべき問題ではありませんからね。例えば水俣病が起きた時も、当時の権威の先生はウィルスが原因ではないかという見解を発表しました。これにより公害ではないというイメージが広がってしまったんです。しかし、その後、熊本大学医学部が中心となって有機水銀が原因であると突き詰めていきました。歴史的には何度も起きていることなんです」
 田島氏は言います。
「ワクチンをしなかったときのリスクについても想像力を持つことが大事です。例えばはしかですが、ワクチンをしないではしかに罹った場合、2000人に1人が肺炎になり、3000人に1人が脳炎になり、かなりの確率で命を落とすことになります。ワクチンの副反応での被害をゼロにすることはできませんが、しなかった場合のリスクも視野に入れて、考えなければなりません。はしかで子供を亡くされたお母さんは周りから責められるんですよ。『ワクチンやっておけばこんなことにはならなかったのに』。子供を失って一番つらいお母さんが犯罪者のように言われるのは見るに忍びないです」
 ちなみにはしかのワクチンは、もともとはおたふく、風疹との三種混合ワクチン(MMR)でした。89年に導入されたもののいきなり副反応の事故が続発し、重篤な脳障害や死亡事故に対して訴訟が相次ぎました。国の過失を認める判決が出るたび、メディアの厳しい批判は続きました。「予防接種不信に拍車」「厚生行政に怒りと不信」、それは裁判の結果を報道したものでしたから、メディアとしては当然でした。
 本当はこの時のMMRワクチンそのものにもともと問題があったようです。しかし、ニュースを見ている人にとっては、何の病気に対するワクチンかということは正確には記憶に残っていないでしょう。結果的に、ワクチン全体のイメージダウンにつながってしまったようです。

ワクチン=悪いものという認識から偏った報道につながった
 そして、94年には予防接種法が改正されて、勧奨接種ということになり、集団接種は中止されることとなったのです。当時、世界のインフルエンザワクチンの使用量が上昇していた時に、日本だけが先進国の中で減少していました。小児科のクリニックを経営する森庸祐氏は言います。
「朝、新聞を見たら、『日本脳炎の予防接種中止』という大きな見出しが一面トップに出ていて驚いたことがありました。前の日まで予防接種をしていましたからね。本当は中止ではなく、勧奨中止、すなわち積極的には勧めませんということだったんですが。ワクチンイコール悪いものだという認識がそういう偏った報道につながったんじゃないでしょうか」
 精神科医の和田秀樹氏は言います。
「娘がアメリカに留学する時に驚いたんですが、書類に予防接種をいつ受けたかを書かなければいけないんですね。アメリカでは予防接種をしていない人は受け入れない、絶対にやっておかなければいけないことなんですね」
 アメリカは訴訟社会ですから、万が一、ワクチンの副反応で事故が起きたら大変ではないかと思い、田島氏に聞いてみました。彼は次のように答えました。
「副反応のリスクもアメリカでは社会全体が背負わなければならないリスクとして認められています。予防接種をしていない人が誰かに病気を移したら、そちらの方がよほど訴訟の対象になりますよ。勧奨接種を受け入れた時に、アメリカは自由の国だから、予防接種はしていてもいなくてもいいとメディアで発言していた人がたくさんいたんです。それは間違いです。アメリカでは伝統的な生活様式を守り続けるアーミッシュなどを除いて、予防接種は徹底しています」
 新型インフルエンザ大流行の恐怖も囁かれる中、私たちはもう一度、ワクチンのあり方そのものを考え直さなければならない時が来ているようです。そのためにメディアがまずは議論の場を提供することが必要かもしれません。それがアンチキャンペーンの“罪滅ぼし”になるかどうかは分かりません。

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