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コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2009年 3月号
救急医療の危機の現状にもっと救急救命士を有効活用できないか

制度が発足して16年、特定行為の場所は拡大されないままに
 救急救命士制度ができて16年になりますが、特定行為と言われる限定された処置内容をさらに拡大すべきだという議論があります。国の改革を待っていたら時間がかかりすぎるということで、内閣府の構造改革特区制度を使って地域ごとに実験的に実施しようという動きも出ています。しかし、うまくいっていないのが実情です。
 埼玉県草加市の消防本部では2006年に、搬送した患者を病院に引き継いだ後も院内で特定行為を継続できるように特区申請を行いました。救急救命士が特定行為を行える場所は、救急現場と搬送する間の救急車内、そして医療機関に引き継ぐまでとなっているのです。草加市消防本部の石塚光宣次長は言います。
「心肺停止状態のような重病の患者さんを院内に搬送した後に、もし、この病院で他の患者さんが同じように心肺停止状態でいた場合、医師一人の対応では難しいでしょう。救急救命士は蘇生術のプロですから、医師のお手伝いができるのではないかと思うのです」
 これに対し、厚生労働省は「医療機関に搬送後、速やかに根本的な治療が開始されるべきで、医療機関側において空白時間が生じないように努めることが重要」として、認めませんでした。帝京大学医学部附属病院救命救急センター長の坂本哲也氏は言います。
「救急救命士を病院が雇用して看護師のように働いてもらおうというのとは別で、患者を連れてきて、その延長線上に医師と一緒に処置をするというのですから、患者さんのためにいいことをするという原則に立てば、そうあるべきだと私は思いますけどね」
 東京臨海病院院長の山本保博氏も同じく容認論を述べました。
「今、救急医療の現場で医師不足がクローズアップされているわけですから、医師をサポートする職種をもっと増やしていくべきだと思いますね。最初、救急隊と医療との接点は点でしかなかったんです。それがだんだん面になり、球になり、シームレスになってきました。要するに問題は、救急の現場から医療機関にまで医療を継続するにはどうすればいいかということです。そのためには医療も病院の外へ出ていく、救急救命士も病院の中に入ってくる、そうやって全体として対応していくことが必要なのではないでしょうか」

特区申請に対して総務省と厚労省で見解が異なる
 2008年、千葉県の印旛地域からも4つの項目で特区申請が出されました。
(1)「意識障害の傷病者に簡易血糖測定器による血糖値の測定とブドウ糖液の投与ができるようにする」
(2)「異物による全身性アレルギー反応のアナフィラキシーショックの患者に、本人が処方されているエピネフリン注射を使用できるようにする」
(3)「重症喘息患者に対し吸入β刺激薬が投与できるようにする」
(4)「心肺停止前に静脈路確保と輸液を行えるようにする」
 総務省は(3)以外は前向きの回答をしているものの、厚生労働省はことごとく対応不可としています。特区申請を出した印旛地域の救急業務メディカルコントロール協議会の中心である日本医科大学千葉北総病院の救命救急センター長の益子邦洋教授は言います。
「たとえば意識障害で脳卒中の疑いというとドクターヘリの要請になるわけですね。でも現場で静脈のラインを確保するときに採血し調べると血糖値が非常に低い。これは低血糖だということですぐにブドウ糖を注入しますと、瞬く間に意識が戻って全く元の状態に戻るんですね」
 ブドウ糖だけで回復するのならわざわざドクターヘリで現場に急行する必要もないでしょうし、救命救急センターに運び込んでくる必要もありません。しかし、厚生労働省の見解は「現在の救急救命士の教育内容では人体に多大な影響を及ぼす恐れがある」というものでした。
 (2)(3)については薬を使うということではありますが、普段、患者自身が自分で使っている薬を使用するということです。エピネフリン注射にしてもいつもは患者が自分で打っているものです。それを具合が悪くなって自分で注射ができない時に、代わりに打ってあげるということです。これについては厚生労働省も「専門家の意見を踏まえ検討し結論を得る予定」として、容認の可能性も示唆しています。吸入β刺激薬は家族が使うことを認められている薬ですが、総務省でさえも「副作用があるから時期尚早」として、難色を示しています。
 (4)は医療関係者でも知らない人がたくさんいるのではないでしょうか? 今の救急救命士ができる静脈路確保と輸液は心臓呼吸が停止した後からだということです。心停止の後の点滴は「静脈がペッチャンコになってからやるのは難しい」(山本氏)というのは、現場を知っている人なら誰しも思うことではないでしょうか?
 益子教授は言います。
「現場から医師が迅速に点滴することによって救命効果を挙げたというデータがありますので、我々が行けない現場では救急救命士にぜひ心臓が止まらない段階でやっていただきたいということで特区申請したんですけどね」
しかし、厚生労働省は「ただちに生命に影響を及ぼすもので救急救命士が行うことは適切ではない」と答えているのです。

実験的に取り組む試みに対して反対の姿勢に疑問
 坂本氏は言います。
「アメリカは州ごとの自由度が推進力になって、良い結果が出ればそれを新しいガイドラインにしていくんですね。日本も低いところに合わせるのではなく、進んでいるところは特区でやってみて、それを科学的に評価していくべきではないでしょうか」
 山本氏は救急救命士の特定行為の拡大には前向きですが、特区構想による進め方には異を唱えます。
「特区で認めたこの地域では助かったけど、別の地域では助からなかったというのはおかしい。せっかく作った救急救命士ですから、教育制度の改革もセットにして、全国同時にレベルアップを図っていくべきではないでしょうか」 特区でやるのがいいかどうかは別にして、実験的に特区構想でやってみようという試みにすら反対する役所の姿勢には疑問を感じざるをえません。救急医療の危機という現状を前に、救急救命士をもっと有効に活用するために資格そのものをどのように発展させていけばいいかを真剣に考える時にきていると思わざるをえません。

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