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コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2009年 4月号
医師不足解消の観点から議論が始まったメディカルスクール構想

大学を卒業してから医学を4年間学ぶメディカルスクール
 さまざまな医療の問題を掘り下げて見ていくと、医療教育のあり方から見直さなければならないと感じることが少なくありません。そこで、今回は医療教育を考えるシリーズを始めることにしました。その第1回目は医師の教育ですが、新しい医師養成コースとしてこれから大きな議論になるだろうメディカルスクールについて考えてみました。
 医師とは大学の医学部6年間を卒業した上で国家試験を受けて、取得できる資格です。これに対して、メディカルスクールとは大学を卒業してから通う4年間の医学専門コースです。いわゆる大学院のようなものですが、大学時代は法学部であれ、経済学部であれ学部は問いません。最短コースでいった場合、今は24歳で医師国家資格を取得できますが、メディカルスクールだと26歳になります。導入賛成派の立場から、聖路加国際病院院長の福井次矢氏は言います。
「今、医学部に来る学生は自分が医師になりたいのはなぜか、その動機付けがされていない人が多いんですね。偏差値が高い、親や先生に勧められたというだけで医学部に来る。優秀なんだけど、将来、臨床医として献身的な医療ができるかどうか疑問に思うんです。それよりもアメリカのようなメディカルスクールだと、大学教育を受けて22歳になってから進路を選ぶわけですから、年齢、学力、社会経験からいってもより成熟した学生を対象に医学教育ができる。それによってより優れた臨床医を養成できる可能性が高いんです」
 イタリア、ドイツ、フランスなどは日本と同じ大学医学部ですが、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどはメディカルスクールを採用しており、韓国、シンガポールなども取り入れ始めています。日本の場合、現行の医師法では医師国家試験の受験資格者を「学校教育法に基づく大学において、医学の正規の課程を修めて卒業した者」と規定されています。そのため、メディカルスクールを導入するためには、法律の改正が必要となります。

全国80大学のうち36校で医学部の編入制度を実施中
 メディカルスクール導入に反対という山形大学医学部長の嘉山孝正氏は言います。
「メディカルスクールが今ある医学部のほかにできれば、医学教育は6年から4年に減るわけですから教育の質が落ちます。新しい制度を導入する場合は社会の土台、文化、経済など併せて考えなければいけません。奨学金制度でも日本の場合には返さなければならないけれど、アメリカでは返す必要がない。こういう社会基盤の違いを無視して、アメリカの表面的な制度をもってきてもうまくいくものではありません。金融だって失敗したじゃないですか。教官数を増やし、教育費をもっと出していただければ、現時点での医学部教育で十分に質の高い教育ができると思います」
 メディカルスクールをわざわざつくる必要がない根拠として挙げられるのが学士編入制度です。これは大学を卒業した人が2年次や3年次から大学の医学部に編入できるという制度です。全国80の大学医学部のうち、36校が医学部の編入制度を実施しています。10年間、保健師として働き、31歳の時に東海大学医学部に編入した松浦宏美さんは次のように語ります。
「もっと主体的に患者さんにかかわれる仕事をしたい、そうすると医師しかないと思い受験を決めました。でも、もしメディカルスクールがあったならば、私は年齢がいっていたので4年で卒業できるそちらを選んだかもしれませんね」
 賛成派の福井氏は言います。
「大学医学部のカリキュラム自体が高校卒業生を対象としたものとなっていますが、それがそもそも問題なんです。医学部教育もプロブレム・ベイスト・ラーニング、すなわち患者さんの問題を解決するにはどうするべきかというようなスタイルに変わりつつあります。しかし、外国ではチーム・ベイスト・ラーニング、すなわち臨床医としてチーム医療をやるためにはどうすればいいかという新しいカリキュラムが最初から組み込まれているんですね。そういうカリキュラムをこなすにはせめて学士レベルじゃないと難しいです。学士編入だと、教室の中に学士もいるけど持っていないのもいるということですよね。いい臨床医をつくることに特化したメディカルスクールが必要だと私は思います」

医師養成コースが2つになるのは認められないと反対派
 反対派の嘉山氏は言います。
「アメリカの大学を出た人は日本の大学を出た人よりはるかに学力は上ですよ。だからアメリカの制度をそのままもってきて制度を継ぎ穂しても、うまくいかないんです。東海大学の学士編入は素晴らしいとは思いますが、検証していないんですね。東京大学法学部から学士編入した学生も結局、授業についていけなかったという話もあります。4年制の大学は出たかもしれないが、基礎的な薬学の知識もないままでは厳しい。国立大学では学士編入から撤退するところが出ているんです。学士編入から医師になった人もその土地に残らない、すぐ開業するなどの傾向が強く、医療崩壊を加速させる弊害も指摘されています」
 メディカルスクールをつくるのはいいが、教える人材が足りるのかという問題も指摘されています。
 福井氏は言います。
「メディカルスクールをつくった際に、新たな教員を雇わなくても臨床医が十分教えられることが最近のアメリカのケースでも証明されています。ですから教員不足がネックになることはありません」
 和田秀樹氏も言います。
「今の大学では実務家よりも研究者が教授になっているから、十分な臨床の教育ができていないんですね。メディカルスクールをつくってカンフル剤にしなければ変わらないんじゃないでしょうか」
 嘉山氏は言います。
「医師養成コースが2つになるなんて、そんなダブルスタンダードをつくることは絶対に認められません」
 医師不足解消の観点からも東京都は検討委員会を始めており、4つの病院団体協議会も導入に向けた報告書を発表しています。議論は始まったばかりですが、賛成派・反対派の意見の溝はまだまだ深そうです。

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