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これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2009年 5月号
医学教育に患者とのコミュニケーションを見直す新しい動き

医師の無神経な言葉や態度に怒る患者たち
「医療教育を問う」シリーズ第2回目は医学部の教育で起きている新しい動きに焦点を当てました。それはコミュニケーション教育です。
「その先生に会うと、逆に調子が悪くなってしまうんです。私の言うことを聞いていればいい。薬だけ飲んでいればいいんだって。そういう高飛車な先生でしたね」
 17年間、リウマチで悩んでいる田巻光さんは医師の言葉を怒りをもって振り返ります。
「冬のものすごく寒い日に診察に行ったとき、『寒くて大変だったんですよ』と言ったんです。するとその先生は『誰だって寒いでしょ。寒いのはあなただけではないんですよ』って言うんです。この人おかしい。すべてこの調子でやられてるんだなって思いましたね」
 田巻さんはこれをきっかけにこの医師に診てもらうことをやめました。
 3年前に奥さんを乳がんで亡くした花田和典さんも医師の態度に怒りを覚えた一人です。
「『抗がん剤治療はしません』って言った途端、その先生は立ち上がって部屋から出て行ってしまったんです。残された僕らはどうしようって。患者にはそれぞれの事情があって、標準治療一本ではいかないことを分かって欲しかったですね」
 医師の無神経な言葉や態度に激怒した経験のある人はたくさんいます。私も花粉症だと言った瞬間に「しようがないなあ」と侮蔑されたことがありました。森まどかキャスターも転院先で「その痛み止めの薬は前に効かなかったんです」と言った途端に、罵倒されたことがあったと言います。
 どうしてそのようなことが起きるのでしょうか。それは医学部の教育に問題があると主張する人は少なくありません。東京大学医学教育国際協力研究センター教授、北村聖氏は言います。
「人間の生物学に始まり、医学というサイエンスを教えるのが医学部であって、コミュニケーションというのは医学部で教えるべき教育ではないと考えられていたんです」

医学部教育の中で医療面接の実習の導入が始まる
 岐阜大学医学教育開発研究センター教授、藤崎和彦氏も言います。
「これまでは善意があれば伝わるはずだという精神論だけでした。その結果、実際にはいじめようとしているわけではないのに、つらい言葉を配慮なく言ってしまうということがあったんです」
 しかし、最近になってようやく変化が生じてきたようです。北村氏は言います。
「患者さんとの関係だけでなく、医療者同士のコミュニケーションも悪かったんですね。それが原因で医療事故が多発しているということが分かってきたんです。現実問題としてコミュニケーション能力がないことがいかに危ないか、ようやくわれわれも分かってきたんです」
 そこで最近は、医学部教育の中で医療面接実習が行われるようになってきました。5年前からOSCE(オスキー)と呼ばれる客観的臨床能力試験が導入されたことによるものです。4年次の時、病院実習に出る前に受けなければならない共用試験です。
 東京医科大学で行われている実習をのぞいてみました。患者役のボランティアは一人一人、病状だけでなく、生活背景まで細かく設定されています。医学生は模擬患者に対して自分の名札を見せながら名前を名乗るところから始まります。そのやりとりを教員や他の学生が観察していて、終わったあとに評価します。模擬患者の感想も重要な要素となります。
「雰囲気も温かい感じがして、お声も優しい方だったので、こちらも緊張しないでお話することができました」
模擬患者も全くの素人ではリアルな“演技”はできません。こういった患者はSP(スタンダード・ペイシェント)と呼ばれていて、自分自身や家族が病気に罹った経験を持つ人が、研修を受けた上でなるそうです。東京SP研究会代表の佐伯晴子さんは言います。
「医療を受ける本人がきちんと理解して納得して、主体的にかかわれる、そんな医療を実現するためにコミュニケーションは欠かせないですからね」

名前を呼ぶ、自己紹介など初歩的マナーのマニュアルがテキスト
 藤崎氏はこのOSCEを国家試験に取り入れるべきだと主張します。
「アメリカ、カナダ、韓国などでも導入していますが、知識だけチェックするのではなく、コミュニケーション能力や診察技能なども評価すべきです。コストも手間もかかりますが、国民がいい医師を求めるというコンセンサスができれば日本にも導入できると思います」
 北村氏は時期尚早と言います。
「国家試験なら客観性が求められます。どの試験官が見ても合否が一致しなくてはなりません。模擬患者をやる人が増えてくれば実質化してくるでしょうが、ボランティアに頼っている現状ではとても無理です」
 この点については藤崎氏も同じ思いのようです。
「いい医療者が育ってほしいという思いから、今はボランティアでやってもらっているんですが、いつまでもその善意に乗っかっているのはどうでしょうか? 海外では専任の模擬患者が仕事としてかかわるようになっています。日本も報酬をお支払いした上で、それに見合った質の高いパフォーマンスをしてもらえる、そんな関係ができるようになっていかなければいけませんね」
 遅ればせながらでも、医学教育に前向きの変化が起きています。しかし、「患者さんを名前で呼びましょう」「椅子を勧めましょう」「自己紹介をしましょう」などというマニュアルがテキストになっているのを見ると、複雑な気持ちになってしまいます。
 しかし、今の医学生はそのレベルにまで達していない人が多いそうです。本来は心から入るべきでしょうが、ろくに挨拶もできない学生に教えるわけですから、形から入るのもやむをえないのかもしれません。ところが、問題はむしろ、そういう教育を全く受けたことのないベテランの医師だそうです。若い医師がキチンとしている分だけ、彼らの出来の悪さが目立って、患者からのクレームも集中しているそうです。この際、大学教授たちにハンバーガーショップで実地研修でもしてもらいますか?

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