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必修科目を減らしプログラムを弾力化、実質1年の研修に
番組が始まって6周年を迎えたことを記念して、スペシャル企画を放送しました。「医療教育を問う」シリーズの続きとして取り上げたテーマは、先頃まとまった新医師臨床研修制度の見直し問題です。見直し案がまとまったというのに、今も各所から異論が続出しています。こういった異例の事態となっているのはなぜなのか、その背景を検証しました。
スタジオには検討会のメンバーら専門家をはじめ、研修を終えたばかりの新人医師、指導に当たった研修指導医など、20人近くの医師らに集まっていただきました。これだけの大人数は通常のスタジオでは収容不能でしたので、医療福祉チャンネルの大会議室をにわかスタジオにアレンジしての収録となりました。
平成10年、ある研修医の過労死がきっかけとなり、研修医たちの実態が明るみに出ました。当時、卒後研修は義務化されていなかったことから、彼らは低賃金で過酷な労働を余儀なくされていました。しかも大学の医局にそのままとどまって研修を受けることが多かったので、幅広い基礎的な診療能力を持った医師が育ちにくいといった問題が指摘されていました。
そして、平成16年に卒後臨床研修制度が導入され、研修は義務となり、待遇は改善されました。また、幅広い診療能力をつけるために内科、外科、小児科など7つの診療科を2年間かけて回っていくこととなりました。さらに研修先は自分で希望を出し、先方とのマッチングで決まるようになりました。
これにより医局に残る研修医が激減し、大学は地方に派遣していた医師を呼び戻しました。それで地方の医師不足が一気に表面化したということで、昨年より見直し作業が行われていました。そして、見直し案では必修科目を減らして研修プログラムを弾力化し、実質的には1年で研修を終えることができるようにしました。それとともに都道府県別に受け入れ研修医の数を決めることになりました。
7つの診療科を回り多くの疾患が診られ新人医師たちは評価
まずは研修を受けたばかりの新人医師たちに話を聞きました。必修科目が減ることについての彼らの率直な思いを聞いてみました。そもそも彼らが7つの必修科目を回っていったことをどう受け止めていたのでしょうか。「産婦人科を目指す自分にとって、内科をやる最後のチャンスだったのでよかった」「いろいろな疾患が経験できるのでよかった。小児科を希望しているが、最初から小児科に行っていたら、脳梗塞は診られなかった。ただ、期間が短いのでお客様状態であって、本当に自分の力になったかどうかはわからない」
おおむね好評でした。また旭中央病院で指導にあたった塩尻俊明医師も次のように述べました。
「研修医たちにアンケートをとってみたら、専門性では遅れるかもしれないけれど、幅広くものが見られ、技量が底上げされると評価していましたね」
研修医に評判がいいものをどうして変える必要があったのか、早速、疑問が出てきました。検討会のメンバーでもあった元朝日新聞の論説委員で国際医療福祉大学大学院教授の大熊由紀子氏ははっきりと「改悪でした」と言い切りました。
これに対して同じ検討会のメンバーの山形大学医学部長の嘉山孝正氏は言います。
「私はもともと卒後臨床研修制度なんていらないと思っていましたから、改悪というより制度そのものを止めちゃったほうがよかったんですけどね。研修医たちが制度を評価するって言ったって、古い制度を知らないんだから、比較なんてできませんよ。それよりも2年間もレベルの低い医療をやらされることは彼らのキャリアパスからいえば、マイナスです。そんなレベルのことは大学の教育の中でやっておくべきですよ」
確かに大学の医学部教育のあり方そのものを見直しすることも重要でしょう。しかし、だからといって、どうして卒後研修の必修科目が減らされなければならないんでしょうか?
亀田総合病院院長の亀田信介氏は言います。
「卒後の臨床研修と大学医学部における卒前教育の話とは別の議論です。そもそもこういうことを行政が画一的に決めること自体に反対ですね」
岩手県立中央病院医療研修科長の高橋弘明氏は言います。
「従前の専門医教育が中心になって幅広い技能が身につかなくなってしまう恐れがありますが、それは国民の望んでいることなんでしょうか?」
地域医療に関して議論百出で整理し直す必要も
大熊氏は必修科目が減らされた中でも、特に地域医療が2カ月から1カ月に減らされたことの問題点を指摘します。地域医療の担い手として、診療所で研修医を受け入れてきた鈴木央医師は言います。
「病院ではどうしても病気を中心として対処されてしまいますが、患者さんを中心として、信頼関係で結ばれたプライマリケアの現場、地域医療の現場を研修医に体験してもらうことは大きな意味があると思います。今回の見直しでメニューから消されてしまうのではないかと心配していました。それだけに残っただけでもよかったと思っていますが、本来は減らすべきではありません」
高橋氏も同調します。
「2カ月間、研修医たちが地域で訪問診療とかしていると目が輝いてきますよ。地域に行くと、病気だけではなく患者さんを取り巻く世界まで含めてみることができるからでしょうね」
しかし、嘉山氏は言います。
「地域医療なんていう病気はないんです。鑑別診断ができて生命維持ができること、そういう医師のことを言っていると思うんですが、それはプライマリケアではなくファーストエイドというんです。そんなことは学生時代にやっているはずなんです」
研修中の新人医師は言います。
「地域医療で気づくことは先輩医師のやり方を見ながらでもできますよね。だったら卒後でなくて、大学の医学部生の間でいいんじゃないですか? 患者さんにリスクを伴う行為は卒後、医師の資格を取った後の方がいいと思いますが」
まさに議論百出で、とても国の検討会で合意を得られたテーマとは思えませんでした。特に卒後臨床研修については、卒前の大学教育との関連の中で議論を整理し直す必要性を強く感じました。(以下、次号に続く)