HOME > これまでの著書・コラム > NURSE SENKA

これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2009年 7月号
新医師臨床研修制度で研修先として大学病院が選ばれなくなった背景

マッチングに変わり大学病院に残る研修医は大幅に激減
 今回は6周年を記念した番組の続編です。「新医師臨床研修制度」の見直しをめぐっての議論の第二ステージは、大学病院が研修先として選ばれなくなった背景をテーマに取り上げました。
 新医師臨床研修制度では研修医は研修先の病院を自分で選ぶことができるようになり、病院側のニーズとマッチングさせて研修先が決定されることになりました。これまでは大学の医局に残る研修医が多かったのですが、制度導入によって大学病院を選ばなくなる研修医が増加しました。
 制度導入前の平成15年度は大学病院に残った研修医は8166人中、73%の5923人でしたが、平成20年度は7735人中、46%の3591人と激減していました。なぜに大学病院は研修医に人気がないのでしょうか?
 そもそも、研修先として人気のある病院とはどんな病院なのか、取材に行きました。千葉県東総地域にある国保旭中央病院は人気病院として有名です。今年も周囲の病院が深刻な医師不足にあえぐ中、52人もの研修医を全国各地から受け入れていました。研修医の濱井彩乃さんは言います。
「ここはいわゆる田舎の大病院ですけれど、このあたりの患者さんが一手に集まってくるようなところなんですね。たとえば大学だったら、専門で細かく分かれていて、肝臓だったらこっちとか、胃だったらこっちとか、そういうふうな分かれ方をしているんです。ところが、ここでは救急で来る患者さんもいろいろな病気をもった人がいて、しかも老人から子供まであらゆる年齢層の人がおられるんです。人間の体の病気を全部勉強するにはいいかなと思いました」
 スタジオに来ていた新人医師たちも次のように述べました。
「もともと救急をやりたいと思っていました。専門的な症例に偏るのではなく、診断のつかない患者さんを診てみたいと思ったから大学病院は選びませんでした」(石川雅俊氏)
「私は大学病院を選びました。私は病理の専門なんですが、もともとそちらに進もうという意思がありました。方向性が決まっていたので、どうせ他の病院に出て帰ってくるんだったら、このままでいいかと思ったんです。でも、後輩には大学病院に進むことをあまりお勧めしませんね」(松原亜季子氏)
 山形大学医学部長の嘉山孝正氏は言います。
「大学の学生数、教官の数はベッド数からすれば、欧米と比べると10対1なんですね。それで大学病院では優秀な人材をカルテ運びなどに使わざるをえない、研修医は雑用が多いんです。日本の社会の制度設計をきちんとしてこなかったことのツケが来ているんです」

結局、研修医たちはキチンと学べる指導医のいる病院を選択
 厚生労働省のアンケートによると、臨床研修病院と比べて大学病院の研修プログラムに満足していない理由として挙げられているのは、「プライマリケアの能力がよく身につけられない(21.6%)」、「専門医研修にうまくつながりそうにない(14.6%)」などとなっています。
 さらに研修体制の比較でみれば、大学病院の方が「待遇・処遇が悪い(22.2%)」「研修に必要な手技(症例)の経験が不十分(19.7%)」「研修に対する診療科間(病院間)の連携が悪い(14.9%)」などが挙げられており、それに続いて「指導医から十分に教えてもらえない(12.3%)」と、指導医の問題が指摘されています。
 この点について、指導医の立場から東京西徳洲会病院の佐藤一彦氏は言います。
「結局、研修医も人についてくるんですよ。彼らがキチンとした指導医につきたいと思うのは当然でしょう。たとえば多くの患者さんは自分の疾患だけでなく、精神も病んでいることが多いですね。精神科が診れるかどうかではなく、指導医がそういうことも汲み取った上で、処置をすると、研修医は指導医と一緒に学んでいけるんです。民間病院の方が指導医を応援する態勢ができているんじゃないでしょうか」
 新人医師からも指導医の重要性が強調されました。
「私は亀田総合病院で研修を受けたんですが、メチャクチャ良かったですよ。それは各科でこの先生と出会って良かったと思える指導医の先生がいたからです。患者さんとトラブルになったこともあったんですが、一緒に謝ってくれました。そんな個人同士の経験は、大学病院にいるより多かったでしょうね」(坪倉正治氏)
 亀田総合病院院長の亀田信介氏は言います。
「一般病院と比較して大学病院は指導医の層も厚いし、数も多い。要するにやり方の問題ではないでしょうか」

プライマリケアを2年間もやっている現制度にも問題点
 旭中央病院院長の吉田象二氏は言います。
「『教育のない病院に発展性はない』。私はウィリアム・オスラーのその言葉をよく引用しています。やはり、良い人材を育てるというのはその病院にとって最も良いことだというふうに考えております」
 診療所で研修医を受け入れている鈴木央氏は言います。
「地域医療の中で研修をするといろいろなことに気付きがあるんですね。大学病院ではできなかった治療方針の決定にも直接かかわれることがあって、成長していかれる方が多いですよ」
 和田秀樹氏は言います。
「一般病院の場合は、いい指導医はその後、重要ポストについていきますが、大学病院の場合はいい指導医だからといって評価されない。指導しているよりリポート書いてる方が偉くなりますからね」
 大学病院が研修先として毛嫌いされているのは、大学が指導医を重視していないからではないかという新たな視点が浮かび上がってきました。しかし、嘉山氏は否定します。
「今は昔と違い、評価は部長がやりますから、指導医もちゃんと評価されていますよ。それよりも問題なのは、今の研修制度ではトップランナーが育たないということです。2年間もプライマリケアだけをやっているから、診療科の偏在や地方医療、高度医療、医学研究の崩壊につながっているんですよ」
 嘉山氏は山形大学医学部を自ら変革したという自負があるようで、大学病院とひとくくりで論じられることに不快感をもっていたようでした。しかし、総体的に見ると、新医師臨床研修制度によって大学病院の抱える問題点が浮き彫りになってきたと実感することができました。(以下、次号に続く)

» コラム一覧へ

リンクサイトマップ