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コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2009年 8月号
新医師臨床研修制度の見直しは、必要なかったのではないだろうか

元来、日本の医師数は人口1000人あたり2人と極端に少ない
 今回も6周年を記念した番組の続編です。「新医師臨床研修制度」の見直しによって、地方の医師不足解消は進むのかについて考えました。
 そもそもこの研修制度は地方の医師不足を作りだした元凶のように言われていました。だからこそ、見直し作業も行われたわけですが、驚くことにその根本が違っているという意見が相次ぎました。
 朝日新聞の元論説委員の大熊由紀子氏は言います。
「新医師臨床研修制度が地方の医師不足の原因だというのは濡れ衣なんです。もともと日本の医師は少なかったんです。医師数の国際比較でいいますと、人口1000人あたり、フランス、ドイツは3.4人なのに、日本は2.0人です。それは医師が増えると、医療費が増えてたいへんだという意見があったことと、特に医師会は競争相手が増えるのは困るということで医師を増やすことには反対だったんです。ほかの国が医師を増やしているときに、増やさない方針を採ったこと、それが最大の原因です」
 新人医師の堀内清華さんは言います。
「私も出身は山梨で、埼玉の病院に勤めましたから、地方の医師不足と言われると心が痛むところはあります。しかし、地方の医師不足はもともとあったもので、今回の研修制度で顕在化したということではないでしょうか」
 研修制度が地方の医師不足の原因でなかったとするなら、そもそも何のための見直し作業だったのでしょうか。山形大学医学部長の嘉山孝正氏は言います。
「根本的にこの制度(新医師臨床研修制度)はいらないんですよ。臨床実習前に行うCBT(Computer Based Testing)を見ても、2年間の臨床研修を終えても、獲得目標は同じなんですから、卒業後の2年間の臨床研修なんて意味ないんですよ」

制度見直しの裏に医局支配復活への思いが垣間見える
 私はこの嘉山氏の発言を聞いて、制度見直し作業の裏にあった本当の意味を垣間見たような気がしました。新医師臨床研修制度によって大学のいわゆる医局支配が崩れたと言われていました。この制度以前は卒業したばかりの新医師は研修医としてそのまま医局に残り、薄給での勤務に甘んじ、年季が明けると教授の指示により地方の病院に派遣されていました。大学医学部教授は医師を送り込むことによって全国の病院を系列化して絶大な権限を行使していました。
 まさに医局支配とはよく言ったものです。当然のごとく、そこにはさまざまな問題もありましたが、地方に強引に医師を送り込む機能があったことは事実です。
 それまで医局支配の旨みを知り尽くしていた教授の中には、新医師臨床研修制度によってその既得権益が奪われたことへの恨みを覚えていた人もいたはずです。彼らの思いが浮上したのが、今回の見直し作業だったのではなかったでしょうか。ですから、本来は元に戻したい、つまり、医局支配の復活を目指したものだったのです。しかし、いきなりそんな言い方はできないことから、地方の医師不足が口実に使われたのではないでしょうか。
「医局支配なんて言葉遊びはするべきじゃない」
 嘉山氏は言葉を荒げましたが、逆にやはりそういう側面があったのかと思わざるを得ませんでした。嘉山氏自身はいわゆる医局支配の復活を望むという立場の人ではなかったと思いますが、国が介入してくること自体に強い反発を覚えることから、結果的には元に戻したいということで、同じ論調となったのではなかったでしょうか。

地方の医師不足解消に都道府県別の採用枠を設ける案に異論続出
 今回の新医師臨床研修制度の見直しの中で、打ち出された方針のひとつに都道府県別の研修医の採用枠を設けるというのがありました。地方の医師不足を補うために、都会の採用枠を減らし、地方を増やすというものです。これについては反対意見が相次ぎ、挙手を求めたところ、スタジオの全員が反対とのことでした。見直し検討会のメンバーであった嘉山氏も大熊氏も反対というのはどういうことなのでしょうか。
「検討会の中ではそんなことは誰も言ってないのに、最後に厚生労働省がそういう案でまとめてしまったんですよ。だいたい職業を国が強制的に割り振るというのには反対ですね。本来はどの病院でどんな研修ができるか、教育の質を検証することが大事なのに、県別に強制的に割り振るなんておかしいですよ」
新人医師の今枝宗一郎氏は言います。
「都道府県別の定員枠には明確に反対です。研修医の希望と受け入れ病院側のマッチングにおいて、3000人分くらいの空きが出ているんですね。だから空きを少なくしようと病院側では研修態勢をよくしようというインセンティブが働くんです。それなのに、数で決めてしまうと、みんなが行きたいと思う病院の枠が減らされてしまう。いい医療を推進しようという努力を完全に無にすることにつながるんじゃないかと危惧しています」
 研修医に人気の亀田総合病院で臨床研修を終えた新人医師の田中亜由子氏は言います。
「研修医は魅力的な指導医に惹かれて研修先を選ぶんです。ですからある程度の競争が起きるのはしょうがないと思うんです」
 亀田総合病院の亀田信介院長は言います。
「県の定員枠を設けられたら、うちも研修医は1人減らされることになります。そもそも順番が違うと思うんです。地方だからいいとか悪いとかじゃなくて、田舎でも身の丈に合ったよい研修病院を作ることは可能です。指導医の待遇をよくするとか、やりたい医療ができるようにするとか、努力すれば自然に研修医は集まるようになるんです」
 私は今回の徹底討論を通じて、新医師臨床研修制度見直しの議論の複雑な背景が浮き彫りになったと痛感しました。そもそも何のために見直しが必要だったのかの根本があいまいなままだったために、解決策となった結論もトンチンカンなものになってしまったようです。地方の医師の数の問題なのか、臨床研修の質の問題なのか、関係者のそれぞれの思惑に振り回され、複雑怪奇な見直し作業となったといえるでしょう。あえて私なりに結論を言えば、新医師臨床研修制度は今のところ、見直す必要はなかったと思わざるを得ませんでした。

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