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ようやく臨床実習の1500時間の義務化が決定
卒後臨床研修制度の見直しの議論の中で浮かび上がったのは、卒前の教育、すなわち大学医学部教育の中でどこまで臨床研修を行っているのかということでした。文部科学省は先ごろ、1500時間の臨床実習を義務化することで大筋、合意しました。つまり、これまではそのような基準さえなかったということですが、各大学ごとにひどいバラツキがあったのには驚きました。
2250時間行っている大学が7校ある反面、1500時間に満たない大学も27校ありました。
臨床実習は5年生と6年生の時に行われますが、6年目は国家試験の受験対策が中心で、形骸化している大学も少なくないようです。国立大学の中には6年生の時に最大で40時間行っている大学があるにもかかわらず、新設の私立医学部では週に1時間しか実施していない大学もありました。
東京大学医学教育国際協力研究センターの北村聖教授は言います。
「国家試験が適切な難易度であればいいんですが、相変わらず、重箱の隅をつつくような問題が出されるんですね。ですから、合格するためには、そのための受験勉強をしなくてはいけないんです。ですから私立大学の中には、実習を前倒しして、6年生は受験の準備にあてているんです」
山形大学医学部長の嘉山孝正教授は言います。
「以前、うちの大学は国家試験の合格率は国立でビリだったんです。しかし、私が教務委員長をやってから、座学はうちでやれって徹底したんです。実習は病院でなければできませんからね。そしたら、かえって学生は勉強するようになりましたよ。各大学でクオリティも違うから、各大学で工夫するしかないと思うんですが、こんなに大学ごとに格差があるとは私も知らなかったですね」
学生も診療チームの一員として加わる参加型臨床実習
診療実習の方法も歴史の中で大きく変遷してきました。昔は「ポリクリ」といって見学が主体の臨床実習でした。それがベッドサイドで教育が教える「BST(ベッドサイドティーチング)」、ベッドサイドで学習する「BST(ベッドサイドラーニング)」、そのして今は診療参加型臨床実習「CC(クリニカルクラークシップ)」、すなわち診療チームの一員として診療に酸化する形に変わってきているところもあります。
北村氏は言います。
「これでもずいぶんよくなったんです。今は、臨床実習に出る前に、現場で必要な知識と技能、態度が身についているかどうかを評価するCBTというコンピュータ試験をやったり、模擬面接で、問診や患者とのコミュニケーション能力を評価するOSCE(オスキー)という客観的臨床能力試験を行っています。ですからある程度の教育の質を担保することができます。しかし、以前は5年生になると、全然勉強していなくてもベッドサイドに出て行っていました。そこで、患者さんから『君はほんとうに何にも知らないね』というお叱りを受けることは日常茶飯事だったんです」
山形大学ではスチューデントドクター制を導入して、かなり踏み込んだ手技も医学生に行わせています。私たちが取材した際も、脳腫瘍の患者さんの摘出手術で、傷口の縫合を医学生が指導医の指示の下、行っていました。医学生は言います。
「今回、頭は初めてでしたが、それ以外のところでやったことがあったので、緊張はしましたが、それほど焦らずにすみました。将来は内科に進もうと思っていますが、内科系であっても全く縫合とかしないわけではありませんから、いい体験でした」
このような参加型臨床実習はまだまだ広がっていないようですが、その原因について、北村氏は次のように指摘をします。
「法的に追いついていないんですね。医師でなければ医療行為はできないわけですが、指導医の指示の下ならどこまでやっていいのか、基準が全くありません。管を抜くのはいいとしても、管を入れることはどうなのか、はっきりしていないんです。それと、医師以外の人間が診療記録を書くのも違法ですから、医学生はカルテを書くことができないんです。それで模擬カルテを書いているんですが、指導医の負担を減らすためにも学生がカルテを書けるようにすればいいんですけどね。また、婦人科のように羞恥的治療の場合は患者さんの許可を取ることが難しいという問題もあります」
内科系も外科系も実習のトレーニングで知識が確実に身に付く
万が一、医療過誤があった場合は誰が責任をとるかについても、はっきりとはしていないようです。ただ、いろいろ問題はあっても学生の頃から実技も練習できるというのは、専門性を高めていくためには、意義のあることだというのは分かるような気がします。しかし、内科の場合はどんな意味があるのでしょうか? 北村氏は言います。
「内科は臨床実習で何をトレーニングするか、それは思考過程なんです。臨床推論という言葉があります。この症状のある人はどんな病気が考えられるのか、それを学生が考えるというのは、とてもいい勉強になります」
嘉山氏は言います。
「それは外科だって同じことです。外科は何も大工じゃないんだから。それと我々は症例報告も学生にさせるんですが、最初の症状から原因をひとつひとつ考えていくわけですから、知識が身に付いていくんです」
精神科医の和田秀樹氏は言います。
「やはり臨床実習をやってないと国家試験には受からないというふうにしておかないと変わらないんじゃないでしょうか?」
北村氏は言います。
「国家試験に技能試験を入れるのは公平な試験ができるかどうか、難しいですね。それより、各大学が信念を持って技能を含めて卒業試験をするというのがいいのではないでしょうか」
イギリスは医師の国家試験そのものがないということですが、確かに国が画一的に医師を認定することの弊害もあるのかもしれません。大学にすべてを任せれば、それぞれが工夫して臨床能力の高い医師を生み出すようになると嘉山氏も言います。しかし、大学ごとに激しい格差があるという話があった上では、若干の不安を覚えてしまうというのも正直なところでした。