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コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2009年10月号
大学に救急医学講座が設けられたが、相変わらず救急専門医は不足している

救急医学はやりがいのある仕事だけれど興味は違う科にある
救急患者の受け入れ拒否問題が再び、大きな社会問題になっていますが、救急専門医の不足も要因のひとつになっています。今回は医学教育の視点からこの問題を考えました。
私がフジテレビの夕方のニュースで「日本にも医療行為のできる救急隊を!」と救急医療キャンペーンに取り組んだのが平成元年から2年間。そのころ、救命医療を担うドクターたちが救命救急の専門医を養成する教育の必要性を訴えていました。
当時の医学教育は臓器別に細分化され、それぞれの専門家を養成することに偏りすぎていました。しかし、そういう専門ドクターだけでは救命救急センターに運び込まれてくる患者には対応できません。例えば交通事故などで多発性外傷の患者が運ばれてきたとします、脳はダメージを受けている、内臓もあちらこちら損傷している、骨折はしている、眼球は飛び出している、しかももともと糖尿病だ、などという患者に、それぞれの専門医を集めていては間に合いません。身体全体を診ることができ、まずは生命の危機を脱するための対応のできるドクターが必要です。しかし、そういうドクターを育てる医学教育は行われていなかったのです。
そういった声を受けて、多くの大学医学部に救急医学講座が設けられました。あれから20年近くが経ちました。救急医学講座を経験したドクターもたくさんいるはずです。それなのに、なぜ今、救急専門医の不足が深刻化しているのでしょうか?
日本医科大学付属病院の高度救命救急センターで研修中のドクターに聞いてみました。
「救急医学というのはやりがいのある仕事だとは感じました。ただ、自分の中では学問的にこれから一生かけて勉強していくものとしては、神経科の方が興味があるんです。将来は神経内科に進もうと思っています」
「専門は一応、内科の方に行きたいなと思っています。救命救急というのは、職業としてずっとやっていくというのは、自分には無理かなと正直思ってしまいます」

診療科を縦糸とすれば救命救急医療は横糸のような関係
日本医科大学付属病院副院長の横田裕行氏は言います。
「今は多くの大学が救急医学講座を持っているので、学生が教わる機会はあると思います。ただ、救命救急医療というのは、各個別の科が縦糸だとすれば、横糸のようなものです。我々はここだけは誰にも負けないという思いでやってきましたが、学生は縦糸の学問体系を身につけているので、横糸というのは戸惑うのかもしれませんね」
帝京大学医学部附属病院救命救急センター長の坂本哲也氏は言います。
「救命救急というのは診断のついてない人を診て瞬間的に判断して対応していく世界です。縦糸の世界では、先に診断がついていて決められたことをやっていきますから、横糸というのは不透明性があるかもしれません。
今の国家試験そのものが、縦糸に対応するように作られていますから、不透明なものに挑戦するというのは、学生とは相いれないところがあるのかもしれません」
「学生から学問的に魅力を感じないと見られているのでは?」という問いに対して、坂本氏は、
「生きた人間に対して高度な治療をする、臨床医学としては面白いとは思うんですが、学生には十分、伝わっていないんでしょうね」と答えました。
救急に対応するドクターというと、救命救急センターで忙しく立ち働くというイメージが強烈ですが、もちろんそれだけではありません。救急車の全国での出場件数は平成元年に年間266万件だったものが、平成19年には2倍近くの529万件にまで増加しています。そのほとんどは生死にかかわるような重症患者ではなく、軽症も含めた急性期の患者です。そこに対応するのがERドクターです。限られた医療資源を有効に使うために、最も大事なのがトリアージ(選別)です。患者の重症度を瞬時に判断し、重症患者を優先して治療にあたっていきます。本格的なERをオープンしたばかりの帝京大学病院の坂本氏は言います。
「交通事故なんかは外から見て分かりますが、内科的病気はそうはいきません。おなかが痛いと言ってくると、胃か腸かと思いがちですが、心筋梗塞の場合もあるし、糖尿病の場合もあります。中には特別に我慢強い老人もいらっしゃるし、自分の症状をうまく表現できない患者さんもいる。救急車ではなく、ご自分で歩いて来られても、実は重症だなんてこともあるんです。

ERドクターだけでなく優秀な専門医もいるというバランスが必要
今、救急専門医は全国で2800人いるんですが、みんな救命救急センターに対応する人たちで、ERの専門はこのうちの1割程度しかいません。内科や外科の先生が代わりに診ているというのが実情です。きちんとER対応できるようにするには、1万2000人以上のERドクターが必要なんです」
精神科医の和田秀樹氏は言います。
「救急のニーズも時代とともに変わっているんですね。人々が高齢化するに従って、身体全体を総合的に診療できる能力が求められてきています。いわゆる横糸の大事さを学生にもっと教えていかなければなりませんね」
確かに救急医学講座ができた頃は、救命救急センターに対応できるドクターを養成しなければいけないという声が主流でした。そして、救命救急は特別扱いされることになりました。しかし、「救急医療は医の原点」と言われ、医師たるものはだれでもできるはずということで、ERの専門性は注目されないままになっていました。そのために、今になって病院では救急専門医の不足が表面化するという事態に陥っていたようです。
坂本氏は言います。
「ERドクターを育てるということは大事なことです。ただ、昔は縦糸はしっかりしていましたから、横糸をなんとかすればなんとかなりました。でも、ERドクターだけで対応できるなんてことはありえません。あくまで、後方にそれぞれの優秀な専門医が控えていることが前提です。つまり縦糸と横糸のバランスが取れていることが大事なんです」
救急医療の問題点というのはこれまでも、メディアで大きくクローズアップされることの中で、進化してきた世界です。それだけに「バランス」という坂本氏の指摘は私にとっても、ハッとさせられるものでした。バランスを崩しやすいのが、メディアの最大の危うさですから。

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