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これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2009年11月号
若い間に地域医療の実態を知ることが重要だという認識がまだ不十分のようだ

地域医療を担う医師を育てたいという熱意から研修医を受け入れる
地域医療というと、地方やへき地の医療と思われがちですが、そうではなく、生活の場で日常的に必要とされる医療のことです。臨床研修の中で地域医療がどのように扱われているのか、その課題について考えてみます。
東京都の大田区で開業する鈴木央医師は卒後臨床研修の医師を積極的に受け入れ、訪問診療にも同行させています。東邦大学医療センターから派遣されてきた研修医の水津優さんは、自転車で鈴木医師の後を追いながら、在宅患者を訪ねます。
病院で患者さんを診るのと、自宅で診るのとでは大違いです。患者さんは自分の家ですから、リラックスしています。訪問者である水津さんの方が、緊張気味です。この日は91歳の胃ろうの患者さんでしたが、鈴木医師は手慣れた様子で、家族とも気軽に会話を進めていきます。
「ミネラルが不足しているみたいだから、ココアとかね、チョコレートとか、そういうものに結構含まれているのでね。もし、嫌いじゃなかったら、食べてみて下さいね。ちょうどカロリーもあるしね。チビちゃんに取られちゃうかな(笑)」
水津さんは言います。
「会話の内容とかも大学病院だと病気の話がメインになるんですけど、ここに来ると、家族のこととか、おうちのこととかその患者さんのことがよくわかるので、全然違うなって思いました」
診療所に戻ってきてからも鈴木医師は独自に作った資料を使って、個人レッスンを続けます。
「患者さんの話を否定的に捉えないことが大事だよね。たとえば死にたいというネガティブな発言があったとしても、そんなに辛いんだねっていう共感から入らないと、中に入り込んでいけないんですね」
鈴木氏が研修医の受け入れをするようになったのは、地域医療を担う医師を育てたいという熱意からでした。鈴木氏は言います。
「今の研修医の先生たちというのは病気の知識はすごく一生懸命勉強していらっしゃるんですね。ところが患者さんがそれぞれの人格をお持ちで、いろいろな歴史を抱えていらっしゃるということをどのように尊重していくか、そういう技術についてはあまり詳しくご存知とは思えないんですね。そういうことを医師として最初の段階から身につけるということは非常に重要なことだと思います」

研修先病院の確保は中小病院でも人手に余裕がなく厳しい
医学部で学んだ学生は幼い頃よりある程度、恵まれた環境で育ってきた人が多いでしょうから、実際にさまざまな患者さんの家に上がってみて、見たこともないような生活の現実を目の当たりにして衝撃を受けることも少なくないようです。でもそれは医師としては貴重な経験であり、「目を輝かせて帰ってくる」人も多いそうです。
しかし、鈴木氏のような開業医は必ずしも多くはないようです。研修医の受け入れ先を探す立場の東邦大学医学部卒後臨床研修センター副センター長の松崎淳人氏は言います。
「研修先病院をお願いするのはとても苦労の多い仕事です。きわめてウエルカムな診療所もあるのですが、少し拒否的な診療所もやはりありまして、曲げてお願いしているのが現状です。中小病院の場合も、研修医を送り込むと現場の中堅の医師が指導医として、かかりきりになってしまいますからね。じゃあ、バーターで代わりの医師を大学から手配してくれって言われてしまうんです。基本的に人手不足ですから、そう簡単にはいかないんです」
新医師臨床研修制度の見直しの中で、これまで行われていた保健所での地域医療の研修が認められなくなりましたから、受け入れ先を確保するのは、さらに厳しくなりそうです。
ただ、この問題は地域の格差もあるようです。岩手医科大学教授で日本医学教育学会監事の堀内三郎氏は都市部より地方の方がむしろ問題は少ないと言います。
「岩手では12の臨床研修病院があり、それぞれ地域に根差していますので、受け入れ先に苦労するような問題は感じていません。そもそも研修医の数がそんなに多くないこともありますが、地方は地域医療をやらざるを得ませんからね」

指導医の資格を取るには2泊3日、16時間の研修を受ける必要がある
堀内氏は研修医を受ける診療所が少ないのは、地域医療の指導医の不足が大きな問題だと指摘します。
「指導医のほとんどは研修病院にいらっしゃるんですね。というのも、指導医の資格を取るために2泊3日、16時間も研修を受けなければいけないというのが開業医にとっては厳しすぎるからなんですね。その間、診療をやめなければなりませんから、ほとんど不可能に近いです。しかも、研修医を受け入れてもどこからもお金はもらえませんから、経済的なメリットはありません。後進を教えてやろうという気持ちだけに頼っているのが現状です」
鈴木氏もその2泊3日の研修に参加しましたが、患者さんへの応対は看護師に任せながら、携帯でいつでも連絡を取れるようにしながらだったそうです。
鈴木氏は言います。
「指導医の資格を取らなくても、研修医を受け入れることはできるんですが、やはり何をどう教えればいいか、そのためには資格は取っておいた方がよいとは思います。私の場合、研修医を指導することで逆に自分自身で発見することもありますから、頑張っています。でも、研修医を受け入れる負担はやはり大きいですからね。研修医を受け入れたら、ドクターが派遣されてくるようなシステムを整備してほしいと思います」
精神科医の和田秀樹氏は言います。
「高齢者というのは生活の場で具合が良くなったり悪くなったりしますからね。研修の段階で在宅の患者さんを診て、家族との関係はどうか、心と身体の結びつきなどを知ることは重要です。研修を受けるだけでセンスがよくなると思いますよ。でも、今の大学の老人科の教授で訪問診療をしたことのある人なんていないでしょう。彼らが高齢者の実情を分かっていないことが問題なんです」
若い間に地域医療の実態を知ることがどれだけ重要かが、医学の世界ではまだ十分には認識されていないようです。実際に地域医療の研修を受けた医師たち自らが声をあげるべきです。そして、高齢社会の現実に対応する医療の姿を構築していくためにも、彼らが主体となって医学界の意識改革を果たしていってほしいと思います。

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