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これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2009年12月号
がんの手術をするためになくてはならない病理医が不足している

日本の病理医は2000人強、病理医のいる病院はわずか500だけ
病院の中で働いている医師の中で重要な仕事をしているにもかかわらず、あまり光の当たらない人たちがいます。それが病理医です。病理医というのは顕微鏡で細胞の病変を見て、病気の診断をする医師です。今、この病理医が減ってきているという問題を考えました。
私たちが取材をしたのは肺がんの手術でした。手術の最中に看護師が手術室を飛び出してきました。手にしているのは、取り出した腫瘍の患部。持ち込んだ先は病理室です。このように手術中に細胞の検査を行うことを、術中迅速診断といいます。
患部を受け取った病理医は腫瘍の一部を切り取り、それを臨床検査技師が急速に凍らせ、固定します。そして特殊な機械でスライスし、プレパラートに取って染色し、標本を作ります。病理医はそれを顕微鏡で見て、診断します。すぐさま手術室に電話で結果が伝えられました。「扁平上皮がん、悪性でした」病理室に患部が届いてからわずか15分、手術は再開されました。見事な連携プレーでした。
国際医療福祉大学三田病院乳腺センター長の吉本賢隆氏は言います。
「病理の先生がいないと私たちは一日たりとも手術はできません。乳がんは最近、温存治療が主流ですが、がんを残さないように取って、いいところを取らないことが大事です。大きく取ってしまうと形が悪くなってしまいますからね。我々がギリギリの範囲をイメージして患部を取って、病理の先生に見ていただくことによって、確定診断ができるんです。これがなかなか難しいので、臓器に慣れている病理医がいいんです」
乳がん患者は年々増えて、年間4万人に達しており、病理医のニーズはますます高まっています。しかし、病理医のいる病院はわずかに500で、そのうち300は一人しかいないというのが現状です。日本の病理専門医は2000人あまりで6万人に一人の割合ですが、アメリカの病理専門医は2万人で1万5000人に一人の割合となっています。しかも病理医の平均年齢は52歳といいますから、いかに若い医師が少ないかが分かります。
病理医の黒田一氏は言います。
「大半が一人病理医という状況なんですが、実際の現場では判断に迷うこともあるんです。でも、他人に相談できないので、独りで悩まなければならないんです。それは孤独な仕事ですよ」

ようやく昨年から病理診断料として診療報酬が認められる
24年間も病理医として働いてきたものの、一人病理医となっての5年間はあまりに過酷な労働環境になったために、耐えかねて病院を辞めてしまった若山恵氏は言います。
「公にしていた休みもいてほしいと言われたら、休めないですからね。これから年をとっていくとどうなるかと考えると不安になりましてね」
病理医がこのように不足する事態に陥った理由について、日本病理学会理事長で東海大学医学部教授の長村義之氏は次のように分析します。
「病理医の認知度が低かったことが最大の原因ですね。一般市民だけでなく、医療従事者や医学部の学生にもあまりその重要性が知られていないんです。何をしているかを見せる機会が少なかったからでしょうか。そして大事な仕事なんだ、面白い仕事なんだということを我々もアピールできていなかったですね。医学生の時に興味を持たせることと、臨床研修医の間に身近な存在と感じてもらうことが重要ですが、医学教育の中の位置づけにも問題がありましたね」
医学部のカリキュラムの中で、病理学は基礎医学の一部になっていますが、病理実習は5〜6年時になって初めて数日程度行われるだけになっています。
さらにこれまでは診療報酬上の問題もありました。昨年までは患者を直接診療するのではないとの理由から診療科として認められていませんでした。病理医の診断は検査の一部とされており、病院は診療報酬を請求することもできなかったのです。長村氏は言います。
「ようやく昨年から診療科として標榜できることになり、診療報酬も病理診断料として請求できるようになりましたが、これは我々にとっては画期的なことでした。これまでは病院の中でも検査の一部という扱いでしたから、医師の業務とさえ思ってない人もたくさんいました。病院の中における地位の確立という点からもよかったです。また、社会に対するアピールという点でもよかったです。患者さんも領収書を見ると、病理診断料として表示されているわけですからね。病理という仕事に対して、認識しやすくなったわけです」

病理医のいない病院でがんの手術をするのはリスクが非常に大きい
外科医の立場から吉本氏は言います。
「病理医のいない病院でがんの手術を受けてはいけませんよ。それがやっと患者にも見えるようになったということですね。必要だから育つ、集まるとはならないんです。支えが必要なんですね。病理医が必要だというなら、働きやすい環境を作ることが先決です。それがようやく少しは改善されてきたということでしょうか」
精神科医の和田秀樹氏は言います。
「がんの死亡率が一番だというのに、がん対策の遅れはどうしようもないですね。放射線治療医も足りない、病理医がいない病院でがんの手術をすることがどれほどリスクのあることか、みんな知らないなんて異常ですよ。それなのに心筋梗塞の危険性ばかり強調して、メタボ対策に金をかけるなんて厚労省はおかしいとしか言えませんよ」
さらに和田氏は病理医不足のためにとんでもないことも起きているはずだと指摘します。
「私の勤めていた病院で高齢で亡くなった方の解剖をした結果、検査の結果と違う事例がたくさんあったんです。脳血管性障害と思っていたら、アルツハイマーだったなんてこともありました。病理の方がいないとこういう問題もそのままにされてしまうんです」
ということは、間違った診断でトンチンカンな治療が行われてしまうこともありうるということです。黒田氏は言います。
「1996年にがんの剖検をしたところ、初診断の12%が変わったんです。つまり、死因は解剖しなければ分からない、間違いのない治療が行われたかどうかも分からないということですね」
病理医は通常、患者と直接接することがほとんどないために、私自身もその重要性を認識していませんでした。しかし、医師が的確な診断をし、最小限で間違いのない手術をするためにはなくてはならない存在だということを知りました。日の当らないところに光を当てることがあるべき姿に変革していくための第一歩になるとするなら、今回、番組で取り上げた意義も少なからずあったのではないかと痛感した次第でした。

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