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コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2010年 3月号
精神的疾患を抱える患者の心が分かる医師の養成が課題

うつ病患者が最初に行くのは精神科でなく内科が65%を占める
病気が原因でふさぎこんだり、精神科的問題を抱えることはよくあることです。しかし、そのたびに私たちは精神科医の診察を受けに行くわけではありません。一般の医師に診てもらっていることが圧倒的に多いでしょう。それでは一般の医師はどれほど精神科の教育を受けてきているのでしょうか?「医療教育を問う」シリーズ、今回は、精神科教育について取り上げました。
うつ病患者は最初にどの診療科に行くのかを調べたデータがあります。(三木治「心身医学」より)最初から精神科に行ったと答えた人が5.6%、心療内科が3.8%しかいませんが、内科に行くと答えた人が64.7%、婦人科が9.5%、脳外科が8.4%となっています。やはりデータの上からも、最初は精神科以外に行く人が圧倒的に多いことが分かります。
東京大田区の鈴木内科医院に訪れる患者のおよそ20人に一人は何らかの精神的疾患を抱えているのだそうです。副院長の鈴木央氏は言います。
「一番多いのは気分障害、うつ病の患者さんです。食欲がない、身体がだるい、夜、眠れない。そういった身体の不調を訴えてくるケースが多いですね。それで精神的な疾患を疑っていろいろ診ていると、やはりそうであって、対処したらよくなったというケースがかなりあったんですね。そういう意味でいうと、内科医が精神科的治療ができるというのは重要ですね」
秋葉原駅クリニック院長の大和田潔氏も自ら体験した事例を紹介してくれました。
「43歳の男性が食欲が低下しているので病院に行ったんです。そうしたら、内視鏡検査を数回行われ、胃炎と診断されました。胃薬を処方されて飲んだのですが、一向によくならない。そこで当院に来られたんですが、私が診たところ、会話のテンポは遅いし、疲労感が感じられた。おかしいなと思って、じっくり話を聞いてみると、職場の上司が厳しい人に代わってから、食事が味気なくなって、身体も重くなったというんですね。そこで精神科を紹介したんです。そうしたらやっぱりうつ病の疑いだということで、今も治療を受けておられますよ」
大和田氏はこれまで精神科医の特別な研修は受けたことがなかったそうですが、じっくり話を聞くことでたまたま精神科的問題を疑うことができたのでした。

精神科研修で1カ月でも臨場感を味わってもらいたい
近年、通院するうつ病患者は100万人ともいわれています。これに比例するかのように自殺者も増え、1998年以降、年間3万人を超えています。
新潟県の松之山町では1986年からの10年間、精神科医と地域の医師、保健師がかかわり、自殺予防の取り組みを行った結果、自殺者数を4分の1に激減させることに成功しました。一般の医師に精神科教育を行うことの重要性が再認識されることとなりました。
しかし、新医師臨床研修制度の見直しで、精神科の研修はそれまでは1カ月の必修とされていましたが、1カ月の選択に変わりました。精神科の研修は1カ月ではあまりに短すぎて、他の科を目指す医師にとっては無駄な時間だという批判の声が上がったからでした。
都立松沢病院精神科部長の林直樹氏は言います。
「研修しておられる先生方はみんな生き生きとしておられて、とても頼もしいですよ。研修は長い方がいいですが、たとえ1カ月でも臨場感を味わっていただくだけでずいぶんと違うと思います。そうすれば将来、私たちといいコミュニケーションができると思うんですが、それが選択制になってしまったのは寂しいですね」

精神科医のいない総合病院も増加、非常勤でも一人配置を
精神科医の和田秀樹氏は言います。
「私が留学していたアメリカのカールメリンガー精神医学校は、第二次世界大戦のとき、軍医にも精神科の知識を持たせようということで、研修を行いました。それが1〜1.5カ月だったんですね。ですから1カ月でもキチンとした研修内容であれば問題ないと思いますよ」
大和田氏は言います。
「今の先生方はうらやましいですよ。我々の世代はそもそもそういう研修そのものがなかったですからね」
私と一緒にキャスターをやっている森まどかさんが自らの患者体験に基づいて語りました。
「私は3カ月、入院したことがあるんですが、痛みは人格を変えますね。心も穏やかではなくなって、悲しくて涙が出てくるんです。でも身体科の先生がそういうことに配慮して下さることはいっさいなかったですし、精神科や心療内科の先生が来てくれるわけでもなかったです。看護師さんもねえ……。みなさん忙しそうでしたからね……。でも、話を聞いてくれたのは看護師さんでした。ただ、精神安定剤を処方してくれるわけではありませんけどね。身体科の先生ほど精神科の勉強をしてほしいって思いました」
つまり、入院してベッドに横になっている患者はそこで精神科疾患を抱えるようになっても、そのための治療はなされずにそのまま放置されてしまう可能性があるということです。放置されたら回復が遅れることは間違いないと分かってはいても、そこまで手が回らないというのが現状のようです。林氏は言います。
「ベッドで放置されてずいぶん時間が経ってから、精神科医のところへ紹介されてくる患者さんもいるんですね。すると、どうしてこんなに長い間、放置しておいたのか? 今頃になって、なんなんだっていうことも意外にあるんですよ。総合病院なのに精神科医がいないところもどんどん増えています。少なくとも非常勤の先生一人でも配置してほしいんですけどね」
和田氏は教育の重要性を強調しました。
「私はやはり教育が大事だと思います。6年間の大学のカリキュラムの中にも精神医学はありますが、生物学的精神医学という分野を修めた医師が教えているんです。彼らのほとんどは脳、神経伝達物質の専門家です。心より脳の話ばかり聞いても臨床には活かせないでしょう」
要するに患者の心にキチンと向き合える医師を養成することがいかに大事かということです。それこそまさに「医の原点」とも言うべきでしょう。そのためには精神科教育のあり方だけではなく、心が分かる医師をいかにして育てていくべきなのか、それが最大の課題だということでしょう。

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