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コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2010年 5月号
日本の精神科治療は患者中心の医療とは程遠い状況にあるのではないか

日本の精神科治療で多剤投与が海外に比べ圧倒的に突出している
「医療教育を問う」シリーズで精神科医の教育を見ていく中で、驚くべき現実に向き合うこととなりました。精神科の治療にはカウンセリング中心の精神療法と薬物療法がありますが、最近はカウンセリングより薬物療法が中心となっているようです。
かつての精神科医療はカウンセリングが中心でしたが、1950年代末にうつ病がセロトニンなどの神経伝達物質の不足が発病に深くかかわることが分かり、薬でそれが改善できるようになって薬物治療が一般化しました。
効く薬を使うことは当たり前のことではありますが、日本の精神科での多剤投与は海外に比べ、圧倒的に多いのです。
統合失調症に対する処方の国際比較を見るとその差は歴然です。慶應義塾大学の調査によると、使う薬は1種類だけという比率がオーストラリア、アメリカ、イギリスなどで80%以上なのに対し、日本はわずか18%です。3種類以上の薬を同時に使用しているのはそれらの国ではゼロなのに、日本は50%にも達しています。しかも、日本の平均処方薬剤種数は7.68にも及ぶといいますから、まさに日本だけが突出しているのです。
なぜこのようなことになっているのか、横浜市立大学大学院教授の平安良雄氏は言います。
「統合失調症の患者の多くは施設に収容して治療をしますが、人手が少ないので患者さんに落ち着いて穏やかに治療していただくためには、薬に頼らざるを得ないんです」
人手が少ないから薬が増えるというのはほんとうにそうでしょうか? たとえそういう側面があったとしても、各国比較ほどの差が出るものなんでしょうか? 国際医療福祉大学大学院教授の岡野憲一郎氏は言います。
「日本の精神科医はきめ細かく対応しているんです。一つひとつの症状に合わせて、薬を使っている。アメリカなどでは精神安定剤はどれもみんな同じだと考えていて、少しアバウトなんですね。料理と似ていますよ」

カウンセリングの力量をつけていかなければ精神科医の意義はない
料理に例えるというのはなかなか面白い発想です。日本料理の繊細さに比べ、アングロサクソン系の料理は確かにきめ細かさに欠けます。しかし、料理王国のフランスも日本ほどの多剤投与になっていないことを考えると、最大の原因とは思えません。コメンテーターの和田秀樹氏も精神科医ですが、次のように答えました。
「薬物療法が発達してきたおかげでうつ病の患者さんであれ、統合失調症の患者さんであれ、治療が非常に楽になってきました。ところがその一方で、薬で治らない心の病が増えてきています。きちんとカウンセリングしなければ患者さんもよくなってくれませんが、そのためには医師もきちんとしたトレーニングを受けなければなりません。しかし、それをほとんどの医局でやっていないのが現実なのです」
カウンセリングの教育がしっかり行われなくなっているから、医師のカウンセリング力が落ちてきて、薬に頼る傾向が強くなっているというのです。
ただ、薬の使用量が増えるだけでなく、多剤投与になっているのはなぜなのでしょうか? 和田氏は続けます。
「患者の訴えを聞いて原因を探っていき、心の奥までじっくり聞いて行けば、薬はそんなに必要ないかもしれません。でも、実際はそんなに時間をかける余裕もありませんから、一つひとつの症状に合わせて、薬を足していくことになってしまっている、だから多剤投与になっているのではないでしょうか?」
カウンセリングにはそれなりの時間もかかるし、技量も手間もかかりますが、診療報酬上ではそれ相応の評価はされません。
それも大きな原因のひとつであることは間違いないでしょう。岡野氏は言います。
「精神科医を雇う病院が収益を上げるためには患者さんを1回3分とか5分とか短い時間で診て、ささっと薬を出して帰すというカタチをとるんですね。すると、たとえ患者さんにとって薬の量が適正でなかったとしても、ずっとそのまま処方し続けるなんてことも往々にして起きうるんです。そういうことは大学病院レベルのところでも行われていて、それを指導的立場にある精神科医があまり疑問にも思ってもいないというのが現実なんです」
中には「当院ではカウンセリングをやっていません」とはっきり表示してある病院まであります。病院経営の視点からはカウンセリングというのはあまり歓迎されていないようです。しかし、平安氏は言います。
「カウンセリングなどの精神療法は精神科医にとっては外科医のメスみたいなもので、精神科医はその力量をつけていかなければ精神科医の存在意義もなくなってしまいます」

臨床心理士と精神科医がうまく連携することが大事
岡野氏は言います。
「精神療法か薬物療法かという二者択一ではありません。きめ細かな薬物療法をするには精神療法が不可欠なんです。それにもかかわらず、最近の若い医師は精神療法にあまり関心を示さない傾向があるようですね」
カウンセリングは精神科医だけに許された行為ではありません。臨床心理士という資格はそのための専門職でもありますが、どういう関係になっているのでしょうか? 岡野氏は言います。
「私は臨床心理士に診てもらうときには連絡を密にすることを心がけています。ただ、医師によっては、カウンセリングが必要な患者さんはどんどん臨床心理士に送っていって、きちんとフォローしない人もいますね」
和田氏は言います。
「臨床心理士と精神科医がうまく連携することが大事です。しかし、臨床心理士の中には文科系の大学などで教育を受けてきて、医療機関とのつながりがない中で資格を取ってきた人もいるんです。そういう場合には精神科医に上手に対応するトレーニングができていない。それは問題ですよね」
考えてみると、カウンセリングという行為は人の心の中に踏み込むわけですから、それなりの人生経験や、人間力が求められているはずです。精神科医がいくらその道のプロだといっても、届かない部分はあるのではないでしょうか。岡野氏は思わず、本音を語ってくれました。
「精神科医は基本的にカウンセリングに向いてない人の方が多いんですよね」
多剤投与の背景を探る中で感じたのは、日本の精神科は患者中心の医療には程遠い状況にあるのではないかということでした。

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