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これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2010年 6月号
薬剤師のレベルアップを目指した大改革のはずが意外な問題に直面

薬学部6年制の第一期生の現場研修が今春からスタート
「シリーズ・医療教育を問う」は今回から薬剤師の養成教育を取り上げます。薬学部の教育はこれまで4年制でしたが、それが2006年から6年制に変わりました。すべてというわけではなく、今も4年制コースは残ってはいます。このコースに行った学生は薬剤師の国家資格は取れません。彼らはそのまま大学院などに進み、薬学研究の道に歩むことになります。
6年制に進んだ学生は4年次にCBTというコンピュータによる基礎学力試験と、OSCE(オスキー)という臨床能力試験に合格した上で、実習の場に出かけていくこととなります。
6年制が採用されてからの第一期生はこの春から5年生になっています。いよいよ初の現場実習が始まっているのです。再来年には薬剤師としてデビューすることになります。これまで以上に多くの教育を受けた薬剤師がどんな風に活躍してくれるのか、私たちとしては楽しみなところです。
ところが、薬剤師のレベルアップを目指した大改革だったはずなのに、実際には思いもよらない問題が表面化しているのです。それは全国的に起きている薬学部の定員割れです。なぜこのような事態になっているのか、検証しました。
そもそもなぜ、教育年限を延ばしたのかについて、薬学教育協議会代表理事の望月正隆氏に聞きました。
「よい薬剤師を育てるにはどういう教育が必要かを検討して、必修を積み上げていくとやはり6年はかかるんです。4年制の教育では実務の実習はやっていませんでした。これまでは薬学部を出てから自分で勉強してきたんです。しかし、医薬分業が進んで、もっともっと薬剤師への期待が高まってきた。ニーズが変わってきたんです。チーム医療の時代にもなってきました。医師と同等に話さなければならない、そのためには医療薬学を勉強しなければならない。それではどう考えても4年じゃ間に合わなくなってきたんです」

薬学部の急増で定員割れが起きレベルの低下が懸念
ところが6年制が実現することになった後に、全く別の決定がなされました。当時、規制緩和を進めていた小泉内閣は、大学の設置や定員を抑制する規制を大幅に緩和したのです。そこで次々に新設の薬学部が誕生しました。それまで47大学だったものが、数年のうちに74大学までに膨れ上がりました。
大学の中で薬学部が際立って増えたのはなぜか、望月氏は言います。
「薬学部は儲かると思われたんでしょうね。年間授業料が200万円、6年ですから1200万円の収入が確保されることになります。その頃、私立文系の大学の中には学生を集めるのがつらくなっているところが出てきました。薬学部を作れば楽になると思った大学の経営者たちがバタバタと作ったということでしょう」
ところが現実には一気に数が増えてしまったことで、多くの大学は定員割れを起こしてしまいました。定員割れということは受験すれば誰でも入学できるということです。もちろん偏差値だけで人の能力を判断することはできませんが、結果的には偏差値の低い学生も増えてしまいました。国公立や私立など大学によってばらつきが激しくなり、偏差値40なんて大学もでてきました。
つまり、6年制になったことと、大学設置基準の緩和が複合的に作用して、想定していなかった事態に陥ったのです。受験教育の分野にも詳しい精神科医の和田秀樹氏は言います。
「昔の大学生であれば、偏差値40であってもまずまずだったけど、今は高校卒業しても分数の計算ができないというのがゴロゴロいますからね。今の偏差値40というのは相当レベルが低いですよ。薬剤師にとって数字は大事。間違えたら大変なことになりますからね」
望月氏は言います。
「大学に入学したところで、偏差値の低い学生は進級できませんからね。大学が合格率を上げるために彼らを進級させないのではなく、いい薬剤師を作るためには進級させないのは当然のことでしょう。結局、6年制になったことで質の高い人が出てくることになりますよ」
こういった状況の中、この春から6年制第一期生たちの現場実習が始まりました。急激に学生の数が増えたため、実習先が足りない、指導薬剤師が足りないという状況になっているのです。

実習現場の確保と指導薬剤師の育成に四苦八苦
日本薬剤師研修センターでは、実習現場の確保と同時に「認定実務実習指導薬剤師」という現場で実習の教育を行う指導者の育成を急ピッチで進めています。彼らは一定の講習会やワークショップを経て、認定試験に合格しなければなりません。現場の薬剤師にとっても実習の指導をすることは初めての経験であって、不安がいっぱいのようです。ワークショップに参加していたある薬剤師は言います。
「2.5カ月という長い間、学生に教えられるか心配ですね」
ワークショップを開催する薬剤師も指導者の数を増やすために四苦八苦しています。
薬局おおたかの森代表取締役で薬剤師の杉浦邦夫氏は言います。
「千葉県は7大学あって1200人くらい入学されますが、そのうち、600〜700人が地元の千葉県で実習を受けることになります。指導薬剤師の数は足りませんが、無理してでもみなさんに協力してもらっている状況です。ワークショップで認定を受けた薬剤師でないと学生の指導をしてはいけないということではありません。でも、文部科学省の指導では指導薬剤師がいるところで実習を受けるようにとなっているから、大変なんです」
現場が悲鳴を上げる中、厚生労働省はワークショップに対する補助金を打ち切ることにしました。杉浦氏は言います。
「国は目標は一応、達したと思っているようですね。でも、女性が多いので、続けられない人も出てくるんです。ですから我々としては多めに養成しておかないと対応できないと思っているんですけどね」
今は制度が変わる過渡期ですから、いろいろな混乱があるのはある程度はやむを得ないかもしれません。しかし、2年後からは6年制を出た薬剤師と4年制を出た薬剤師が、全く同じように働くことになります。私はなんとなくしっくりこない感じを持ってしまいます。6年制ならではの仕事ぶりを患者の立場としては期待してしまうのですが、まだ時期尚早ということなんでしょうか?

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