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病棟で患者さんに直に接しながら業務を行う薬剤師
薬剤師の世界は今、大きく変わりつつあります。前回は薬学部の教育が6年制になったことについて考えましたが、今回は病院の中における薬剤師の仕事の新しい変化に焦点を当てます。
これまでは薬局の中に閉じこもっているというのが薬剤師の一般的なイメージでした。薬剤師の基本的な仕事は正しく薬を管理し、入院や外来の患者さんに処方箋に基づいた薬を調剤すること、また、抗がん剤などを無菌状態で調整することなどでした。
しかし、最近は病棟に出てきて、患者さんに直に接しながら仕事をする病院も出てきました。東京都港区にある虎の門病院の薬剤部には45人の薬剤師がいますが、彼らは積極的に病棟に出かけていきます。薬剤師が病棟で患者さんが決められた用量を守って薬を飲んでいるかを確認したり、副作用のチェックをしたりします。
呼吸器センター内科の病棟に常勤している薬剤師の奥野友理さんは、新しい患者さんが入院してくると、自ら面談をして、今、どんな薬を飲んでいるかなど、薬に関するすべての情報を把握します。その上で、入院中にどのような薬を飲んでいくべきかの計画を立てます。そのほか、投与する麻薬の管理もナースとともに行います。
薬剤師が病棟にいない場合は通常、ナースがその業務を行うことになりますが、ナースは言います。
「麻薬の使用状況について、はたして量はこれで正しいのかどうか、正直言って私たちだけでは不安になることもあるのですが、薬剤師さんがいて下さると、全然違います。安心ですよ」
血液内科病棟で働く薬剤師の内田ゆみ子さんは、白血病などの患者さんへの化学療法においてなくてはならない存在となっています。治療のポイントは化学療法による副作用を減らし、免疫が落ちた患者さんに感染を起こさせないようにすることです。抗菌薬の選択は医師が行いますが、その後、患者さんの容体に合わせて具体的な投与量をどうするかについては薬剤師が決めていきます。
また、手術室専門の薬剤師もいます。手術が始まる前に麻酔薬などをキチンと揃えるのが仕事です。麻酔科医は言います。
「もし彼らがいなかったら、麻酔科医が自分の判断ですべてやらなければいけなくなるんですよね。薬剤師がいてくれることによってダブルチェックができるわけですから、全然違います」
処方箋に基づいて調剤するだけだった意識が大きく変わった
日本病院薬剤師会常務理事の土屋文人氏は言います。
「近年ではとてもよく効く薬が出てきました。よく効くということはそれだけ副作用も強く、ちょっと間違えれば死亡してしまう可能性もあるということです。もろ刃の剣なんです。これまで薬剤師は文字の上で勉強してはいても、実際の例として見ることはありませんでした。それが病棟に出ることによって、現実的体験として理解できるようになりました」
そもそも治療とはほとんどの場合、薬を処方することです。昔、医師のことを“くすし”と言ったことから考えてみても、今の薬剤師が当時の医師だったということでしょう。ところが、これまでの薬剤師は薬局の奥にいて、医師の処方箋に基づいて薬を袋に詰めているだけだったのです。私はかねがねあの仕事に国家資格はいらないのではないか、バイトでも十分だろうと思っていました。
しかし、私が10年ほど前に薬剤師さんたちの前で講演をした時のことを思い出しました。当時の薬剤師には自ら病棟に出たいと思う気持ちはほとんどなかったようでした。私は挑発気味に語りました。
「薬剤師さんたちが自分の処方した薬がどんな風に患者に効いているのか、いないのかについて、ほとんど気にしていないのが私には不思議に思えてなりません。あなたたちは薬の専門家なんだから、患者の元へ行き、患者と直接接するべきじゃないんですか?」
私は会場から拍手でも起きるだろうと思って言ったのですが、意外なことに会場は静まり返ったままで、「よし、頑張ってやろう」などという顔をしている人は一人もいませんでした。その会を主宰していた虎の門病院薬剤部長の林昌洋氏は言います。
「当時は少しずつ意識が変わり始めたかなという程度で、まだ実際の行動には移せていませんでしたね。でも今は意識も大きく変わりました。学校教育の中でもより臨床的なことを教えるようになってきています。患者さんのために役立ちたいという学生も増えてきました」
土屋氏は言います。
「意識も変わりましたが、情報処理のシステムが変わったことも大きいですよ。以前は処方箋1枚しか見えなかったのが、今では前回の処方はどうだったのか、ほかの科ではどういうものを飲んでいるのかが情報システムとして入ってくるようになり、総合的な判断ができるようになってきたのです」
今やチーム医療を支える担い手として役割と責任は大きい
精神科医の和田秀樹氏は言います。
「いろいろな意味で薬剤師さんが臨床の場に出てくるのはすごくいいことだと思います。高齢社会になってくると、例えば呼吸器内科で入院している患者さんが血圧が高いなど、ほかの病気を抱えていることもあります。日本の医学教育はあまりに専門的になっているものですから、よその科のことを知らない医師も多い。そこを薬剤師さんに補っていってもらいたいですよね」
薬剤師の資格が女性にとって医師と結婚するための嫁入り道具の一つのように思われていた時代もありました。しかし、今やチーム医療を支える担い手として、仕事は広がり、責任も大きくなってきているようです。林氏は言います。
「最初からすべての処方ができる薬剤師というのはいません。ひとつの病棟に3〜4年従事してもらって、患者さんごとの年齢や病状を考慮しながら、医師と議論しあって、最もいい投与法を研究してもらっています。そしてそれを臨床にフィードバックすることが必要です。患者さんが次の時代の教科書ということでもあるので、そこから教えていただくと同時に、研究の成果を患者さんにお戻ししていくことが大事だと思うのです」
医療の安全を守り、質と効率をよくしていくために薬剤師に期待されるものは大です。6年制の薬剤師が誕生することがきっかけとなり、さらに患者さんから頼りにされる存在になっていって欲しいものです。