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独居患者宅を訪問し投薬カレンダーで服薬指導する薬剤師
前回は病棟に出ていく新しい薬剤師の姿を取り上げましたが、今回は在宅の患者さんを訪問する薬剤師に焦点を当てます。
私たちが取材したのは東京・品川にあるクリーン薬局です。どこにでもある普通の薬局です。ここで働く薬剤師歴32年の大木一正氏は店頭で薬を調剤して販売するだけでなく、患者さんの自宅を訪問しています。薬局の中に留まっているのではなく、地域に飛び出して行くのです。
同行してみると、向かった先は都内のマンションで独り暮らしをしている88歳の齋藤カンさん。慢性疾患で、脳梗塞も少しあって血圧も高めという患者さんでした。訪問した医師が書いた処方箋に基づいて、薬を届けるのですが、大木氏はただ単に薬を届けるだけではありませんでした。
齋藤さんの部屋の壁には、投薬カレンダーと呼ばれるケースがかかっていました。日ごと、時間帯ごとに分かれたポケットに、1週間分の薬をセットしてあげるのです。齊藤さんは一日7種類もの薬を飲んでいますから、セットするだけでも大変です。こうやって飲む薬を準備することで、飲み忘れや飲み方の間違いを防いでいるのです。大木氏はアドバイスをします。
「薬を飲んだ後のカス(袋)を『ポケット』に入れておくといいいですよ。ちゃんと飲んだかどうか分かりますからね」
訪問の一番の目的は薬をキチンと飲んでいるかどうかを確認することになると大木氏は言います。また、訪問するといろいろな発見があります。大木氏はこの日、使用期限の切れている点眼薬を見つけました。自分で眼科の受診ができないために、以前、処方された点眼薬をそのまま使っていたのです。結局、大木氏がかかりつけ医の平塚正武氏と相談し、眼科医と連絡を取った上で新たな点眼薬を処方することになりました。
齋藤さんは言います。
「自分なりには自信はあったつもりなんですが、こうやって薬剤師さんに家まで来ていただけると安心感というのが全然違いますね。病院で薬をもらっても何が何だか分からなくなってましたからね」
平塚氏は言います。
「我々が一番困ったのは、薬を本人に手渡したが最後、どのくらい余っているのか、キチンと服薬できているのか、薬の管理というのは全くできないということなんです。特に独居の老人などは薬剤師が出かけていって管理するのが一番いいですよね」
訪問薬剤管理指導料は1回につき5000円だが交通費の実費は出ない
全国に5万店あるといわれる薬局のうち、訪問薬剤管理の届け出をしているのは6割程ですが、実際に大木氏のように訪問をしているのは1割しかないということです。日本薬剤師会常務理事の森昌平氏は言います。
「6割の薬局は在宅への訪問について、やる気があるのだと思います。ですが、まだまだ認知されていないのが問題でしょうね。患者さんも医師も知らない。それが進んでいない理由のひとつかもしれません」
大木氏は言います。
「私が連携しているクリニックは在宅専門ではなく、一般外来を中心とした医療機関なんですが、平成の初めころから往診というスタイルを採られていました。そのうちに医師から『どうだい、患者さんのもとに一緒に行ってみないか』と言われたんです。私も調剤だけでなく、在宅の現場を拝見することも勉強かなと思って、一緒に行き始めたんです。それがスタートになりましたが、その後、介護保険制度の導入があり薬剤師が出て行くというのが世間で少しずつ浸透してきたかなというのが現状です」
薬剤師が訪問すると今は報酬が支払われるようにはなっています。訪問薬剤管理指導料として、介護保険あるいは医療保険から1回500点、すなわち5000円が支払われます。ただし、一人一人かかる時間はバラバラで、5分で済む人もいれば、長い人の場合は2時間もかかることがあるそうですが、時間が長くかかったからといって、報酬が増えるわけではありません。しかも交通費は出ませんから、まだまだ善意に頼っている部分があるようです。
ケアマネジャーやヘルパー、医師と共に地域を支える役割を担う
薬剤師が地域に出ていくと崩壊寸前とも言われる地域医療を救うことにつながるかもしれません。最近では処方した薬の副反応を調べるためなら、脈を取るなど患者の身体に触れることもできるようになりました。診療行為に近づいたとも言えそうですが、日本薬剤師会の森氏は慎重な言い回しで、医療連携を強調していました。
「もちろん私たちもこれまで以上に地域を支える役割を担っていこうと思っています。ただ、診療ということではなく、患者さんの所見を見て、気づくことがあれば医師にフィードバックするという取り組みですね」
大木氏は言います。
「例えば独居老人をどう支えるかですが、今の介護保険ですと、司令塔はケアマネジャーですね。この方に月曜日から土曜日まできちんと管理していただいて、我々薬剤師が月曜日に訪問する。ヘルパーさんは月・水・金、訪問看護ステーションが火・木。絶えず誰かがその患者さんを見ている。何かあるとみんなで協議する。その中に管理する医師もいる。そんな連携のカタチですね」
精神科医の和田秀樹氏は言います。
「連携をしていく上で医師がいかに物分かりがいいかというのは大きいですよね。呼吸器内科などそれぞれに専門性を高めた医師が開業している場合も多くなっています。しかし、彼らの多くは超高齢社会における訪問医療や総合医療などについての教育を受けていないんじゃないでしょうか。そういう人たちは他職種と組まなければならないという発想に至らないところがありますからね」
実は薬学部教育が6年制になったことを受けて、今年の5月から大学薬学部での2カ月半に及ぶ薬局での長期実務実習が始まりますが、その中で在宅での実習も行われることになっています。しかし、実際に訪問薬剤を実施している薬局の数が今のように少ない現状では、すべての学生が実習できるわけではなさそうです。とはいえ、こういう実習を積み重ねていけば、やがて生活の場に薬剤師が出かけていくことは当たり前の光景になっていくに違いありません。
薬剤師から地域の医療を変えていくんだ、それくらいの志を持った薬学部の学生が増えてくれることを願わずにはおれません。