HOME > これまでの著書・コラム > NURSE SENKA

これまでの著書・コラム

コラム — NURSE SENKA

「NURSE SENKA」2010年 9月号
厚労省のチーム医療検討会で突然浮上した新たな資格「特定看護師(仮称)」

傷口縫合、気管挿管やCTの検査オーダーなどの医療行為が認められる
 「医療教育を問う」シリーズは今回からナースを取り上げます。とはいえ、第1回目は直接、教育問題というわけではありませんが、看護界における最もホットなテーマを取り上げます。
 今年3月、厚生労働省の「チーム医療の推進に関する検討会」の中から、突然「特定看護師」という言葉が出てきました。私はてっきり日本版ナースプラクティショナーを作ることになったのかと思っていました。ところがそうではないというのです。謎に包まれた(?)特定看護師について考えます。
 ナースプラクティショナーとはアメリカのナースの資格で、医師の指示なしに診療を行うことが許されています。日本では「診療看護師」と訳しています。今回の特定看護師は限定された医療行為を行える点では似ていますが、医師の指示が絶対条件となっているところが大きく違います。
 ちなみに認められる医療行為とは、傷口の縫合や、CT・MRIの検査のオーダー、気管挿管などです。5年以上の臨床経験を持つ看護師が2年の教育課程を受講すれば、取れる資格ということです。
 すでにより質の高い看護を提供する「専門看護師」や、特定の分野において専門的な技術や知識を持つ「認定看護師」など日本看護協会としての資格がありますから、さらに複雑化しそうです。
 褥瘡や排泄に関して専門的な知識を持つ皮膚・排泄ケア認定看護師の津畑亜紀子さんは特定看護師について言います。
「緊急的に処置が必要だという時に、連絡を取っても外科の先生の身体が空かなかった。じゃあ、僕がやりますと内科の先生がおっしゃってくださったので、メスとか準備したのですが、『どこをどうすればいいか教えてください』とナースに聞いてくるんですね。どこを、どのくらい採るか、どのくらい深くすればいいか、結局、私が言うことになり、それを聞いて医師がハサミを持って斬り込むなんてことがありました。(認定看護師のような専門性の高い)ナースが(医師を)指導しているということは実際にはあるんです。ですから、特定看護師はいろいろ整備しなければいけないこともあるでしょうが、患者さんにとっては有益だろうなと思います」

グレーゾーンと称してやってきた医行為を特定看護師でカバー
 日本看護協会の坂本すが副会長は次のように言います。
「チーム医療をどのようにしていくかという議論の中で、患者さんや医師から(ある程度の医行為のできるナースへの)要望があったんですね。しかもこれはナースたちのキャリアパスにもなりますから、特定看護師については積極的に受け入れていくという考え方でいます」
 しかし、検討会のメンバーでもあった日本医師会の羽生田俊副会長は反対だと言います。
「今まで医行為についてはグレーゾーンと称しながらもみんなで一致してやってきたんです。人員が足りない地域では看護師がやってきていました。しかし、特定の医行為が特定看護師しかできないとなれば、看護師の業務が縮小し、5年以上の経験を持つ看護師の争奪戦となり、地域の現場は大混乱に陥りますよ」
 検討会のメンバーでもあった羽生田氏が出席していながら、どうして本人が反対しているにもかかわらず、特定看護師創設という案がまとめられて出てきたのか、聞いてみました。
「全部で11回の会合があったのですが、この特定看護師の名前が出てきたのが10回目でした。それまでの議論はチーム医療の実際のヒアリングをしていました。その中で、看護師さんの仕事が診療の補助に当たるのか、それとも医行為になっていて法律違反になるのか、(現場では)心配しながら働いているということが議論になりました。それをキチンと整理をしようという話をしてきた。それが何故か、グレーゾーンを特定看護師という資格を作ってやろうという話が急に出てきたんです」
 同じ検討会のメンバーだった日本赤十字看護大学教授の川嶋みどり氏は言います。
「あくまでチーム医療の推進のためにみんなの専門性をどのように発揮していくかという話になるのかなと思っていたら、だんだん看護師の業務にフォーカスが集まっていって、看護師の業務を拡大するということになってしまったんです。ある日突然と言ったらおかしいのですが、まさにそんな感じで特定看護師という話は出てきたのです」

いろいろ意見があり特定看護師の誕生までまだまだ議論は続く
 なんとも不可思議な話です。しかも看護界から参加している川嶋氏自身も特定看護師には反対だというのです。
「(ある医行為が)特定看護師しかできなくなってしまったら、一般の看護師は困りますよ。グレーゾーンのところをゼネラリストであるナースがやっている部分はかなりあるんです。その中でもさっきの認定看護師のように医師よりも高い能力を持っていることもある。それを資格化してしまって、この人しかしちゃいけないよと言ってしまうと、今度は患者さんの立場から考えるといろいろシビアな問題が出てくると思います」
 精神科医の和田秀樹氏は言います。
「これから高齢化が進んでいく過程で、ナースの仕事も増えてくるでしょう。療養に関しても私が見る限り、ナースがいい病院は患者さんの予後もいい。そういうのを目の当たりに見ていると、どこまでがグレーでどこまでをナースに任せたらいいのかを今、決めなければいけないのか? せっかくうまくやれているのにもったいないんじゃないでしょうか。患者層も変わっていく中で、いろいろな問題が未解決なままなのだから、もう少し、線引きが見えてくるまではむしろグレーのままでいいと思います」
 それならばむしろ一気に診療看護師を目指すべきなのでしょうか? 川嶋氏は言います。
「私は医師のアイデンティティーを奪ってまで、看護師が偉くなろうとしなくてもいいと思います。看護師は看護をやればいいのです。傷口を縫う前に予防しろと言いたいです。それが看護なのです。いきなりドクターの仕事に近づいて縫合したり、洗ったりできるよというのはいかがなものでしょうか」
 実は私は日本医師会が診療看護師に反対したために、仕方なく特定看護師で妥協したのかと思っていました。しかし、どうやらそうではなかったようです。川嶋氏の主張は日本看護協会とは違うようですし、看護界内部でもまだまだ意見がまとまっていないテーマのようでした。

» コラム一覧へ

リンクサイトマップ