1933年 東北電力発電所の所長千葉虎夫の次男として生を受ける。9人兄弟大家族。
1952年 福島高校卒業。
1952年 福島大学入学(二部)。役所で働く傍ら、夜学に通う勤労青年だった。
1954年 福島大学中退、日本大学芸術学部編入。理由は黒澤明監督の「生きる」に感銘を受け、映画の道を志したためだった。
1955年 第五回シナリオ作家コンクールで佳作入賞。人生の師である新藤兼人監督と衝撃的な出会いを果たす。
1956年 日本大学芸術学部卒業。
1956年〜 近代映画協会に所属し新藤兼人、吉村公三郎両監督に師事する。
集団就職問題を扱った大映作品「一粒の麦」で脚本家デビュー。
離島医療に注目した「孤島の太陽」や「こころの山脈」、「モスクワ我が愛」などの劇映画のほか、短編映画、ドキュメンタリー、TVドラマ、アニメ「赤毛のアン」シリーズなどの脚本等多数の作品を手がける。
一粒の麦を皮切りに、50年間の長い映画キャリアが始まった。
1979年 世界で初めてマザーテレサの活動を追ったドキュメンタリー映画「マザーテレサとその世界」で国内外8つの映画賞を受賞。
1999年 毎日福祉顕彰受賞。
1999年 第二次世界大戦を扱った長編ドキュメンタリー映画「豪日を架ける―愛の鉄道」でAVACO教育賞受賞。
この作品の製作を開始した1995年から日豪の友好のために活動を開始。
戦後50年経っても癒えぬ両国の傷を痛感し、微力ながら両国の友好のため尽力。
2001年 OCIC・JAPAN特別優秀賞受賞。
2006年 「赤ちゃんポスト−ドイツと日本の取り組み−」監督。
人間の原点「いのちの始まり」を見つめる生命尊重教育の充実を図ることを目的に作成。
望まない妊娠に直面したドイツと日本の若い女性を通して、いのちの始まりの大切さを考える。
2006年 日豪友好に尽力した人物・団体に贈られる豪日交流基金賞をパートナーの小島好美氏と受賞。
オーストラリア政府アレクサンダー・ダウナー外務大臣から直々に表彰。
現在 1995年から専門学校日本映画学校理事・副校長(現教育局長)、SIGNISJAPAN(日本カトリック・メディア協議会)会長。
全国各地で人権、福祉、環境、平和、教育などの講演を実施。
公開中 「映画をつくる子どもたちーオーストラリアの挑戦ー」映画を教育のツールとして教育現場で有効活用しているオーストラリアに学び、映像がどのような使命を 教育の中で果たせるかを追究する。
主な著書 「マザーテレサとその世界」、「こんにちわ地球家族」、「コルベ神父」、「映画で地球を愛したい」他。
千葉茂樹監督のブログ http://shigekic.livedoor.biz/
マザー・テレサ(Mother Teresa, 本名アグネス・ゴンジャ・ボヤジュ「花のつぼみ」の意)
1910年8月27日 - 1997年9月5日)は、カトリック教会の修道女にして修道会「神の愛の宣教者会」の創立者。
「マザー」は指導的な修道女への敬称であり、「テレサ」は修道名である。
カトリック教会の福者。コルカタ(カルカッタ)で始まったマザー・テレサの貧しい人々のための活動は、後進の修道女たちによって全世界に広められている。
生前からその活動は高く評価され、1973年テンプルトン賞、1979年のノーベル平和賞、1980年のバーラ・ラトナ賞など多くの賞を受けた。
1996年にはアメリカ名誉市民に選ばれている(アメリカ名誉市民はわずか6人しかいない)。
2003年10月19日、当時の教皇ヨハネ・パウロ2世によって列福された。
■貧しい人々の中で最も貧しい人々をキリストご自身の姿として助けてゆきます。
■持ち物が少なければ少ない程、多くを与えることができます。矛盾としか見えないことでしょう。
でもこれが愛の論理なのです。
■富の中から分かち合うのではなく、ないものを分かち合うのです。
■貧しい人たちは、私たちが彼らに与えるよりはるかに多くを、私たちに与えてくれます。
■この世の最大の不幸は、貧しさでも病気でもありません。自分が誰からも必要とされないと感じることです。
そして、今日の世界における最悪の病は、そういう人に対する愛が足りないことです。
■愛の反対は憎しみではなく無関心です。
■何もしなくてもいい。そこに苦しんでいる人がいることを知るだけでいいのです。
■平和は微笑みから始まります。1日5回あなたが本当は笑顔を見せたくない人に微笑みかけなさい。
それを平和のためにするのです。
■私は受賞者に値しませんが、貧しい人々に代わって、この名誉ある賞をいただきます。
私は、社会に望まれず、愛されず、顧みられていないと感じているすべての人々。
社会の負担となって皆から避けられている人々。おなかをすかせている人々。障害者。盲人。
ホームレスなど。こうした人々の名において、ノーベル賞を受けることを、ありがたく思っています。
(1972年12月、オスロのノーベル平和賞授賞式で)
■愛は家庭から始まります。まず家庭の中で不幸な人を救いなさい。
両者が愛し合い、母親が家庭の中心となりなさい。
平和とうるおいの家庭が築けたら、隣人を愛しなさい。
自分が自分の家庭が、愛に満たされなければ隣人を愛せません。
■豊かそうに見えるこの日本で、心の飢えはないでしょうか。
だれからも必要とされず、だれからも愛されていないという心の貧しさ。
物質的な貧しさに比べ、心の貧しさは深刻です。
心の貧しさこそ、一切れのパンの飢えよりも、もっともっと貧しいことだと思います。
日本のみなさん、豊かさの中で貧しさを忘れないでください。
■私は福祉活動をしているのではありません。
私にとって大切なのは、群衆としての人々ではなく、個々の魂なのです。
■大切なことは、たくさんのことをし遂げることでも、何もかもをすることではありません。
大切なことは、いつでも何に対しても喜んでする気持ちがあるかどうかなのです。
千葉茂樹監督は全国各地で講演会をなさっています。
それは、マザーテレサに触れまして授かった愛を沢山のひとりひとりにお伝えしたいと、活動されています。
私は、千葉茂樹監督の上映会や講演会、またプライベートで、マザーテレサのお話しを聞いてきまして、 マザーテレサの愛のメッセージに、もっと沢山の方々が見て、聞いて、感じて、、気づいてほしいと、そう願っていました。
今回、「MANAZASHI映像祭」での取り組みによって、その愛と感動をより多くの方々と共有できるようになったのではないかと思います。
千葉茂樹監督に取材させて頂いた時、不思議な体験をしました。
それは、マザーテレサについて語る千葉茂樹監督の目の前に、マザーテレサの存在を確かに感じたのです。
私は鳥肌が立ち、深い感動の渦の中に入っていきます。
千葉茂樹監督のまなざしが鏡となって、マザーテレサのまなざしを映し出していたのです。
MANAZASHI映像の新たな可能性を見出すことのできた作品になりました。
感動と愛は、ひとりひとりのまなざしによって、伝わってゆくんだと。
インドの取材から無事に帰国しました。20年ぶりのマザーテレサの聖地に触れて、感懐も新たにしました。
医学生たち8人のボランテイアと撮影クルーは、31日に帰国しますので取材報告はその後になります。
とにかく、取材は今でも難しい状態でした。
さて、帰国して今朝改めて「まなざし映像」を落ち着いて拝見しました。
マザーテレサに関する編集はさすがに的確でしたね。資料映像が佳く生かされていましたが、私の話が歯切れが悪く失礼しました。
(千葉茂樹監督)
千葉監督のまなざし、見ました。
いいですね〜
やわらかい、でも信念のある、いいまなざしをされていますね。
語られているお話が、千葉監督のまなざしから投影機のように映し出され、
それを僕も見させていただいた感じがしました。
自分の足で見てきた、感じてきたことからつむぎだされる言葉には、
そんな魔法のような力があるんですね。
たいへん学びになりました。
(経営者)
すばらしい出来です。
「まなざし」のコンセプトそのものです。
千葉監督の素敵さも伝わってきます。
(コンセプター)
先日、「弟・卒業かっこいい!」みたいな話の次に
「父(ヒゲ)かっこいい!」みたいだと若干あれだけども。
なかなかかっこいいです…。(笑)
父はマザーテレサの話をするときは本当にキラキラしていて
大好きなんだなあ、と思います。
まあ、娘に「てれさ」とつけるくらいですから。
(グラフィックデザイナー 千葉テレサ)
わーなんだか素晴らしい熱が伝わる。
ナレーション必要とあらば、いつでも!
(ナレーター)
すごく面白かったです、素敵なドキュメンタリーでした。
お父様も格好良いですね〜(ヒゲだ★)
(イラストレーター)
いつものMANAZASHI映像と少し違いますね。
まなざしを見たまなざしだったからでしょうか。
新ジャンルというか、新たな境地というか、そんな感じがしました。
(ディレクター)